2011年10月16日

M77野戦服(夏季戦闘時)・略装



先週日曜日に、デザートストーム川越の定例会に参加させて頂いた。
さいわい休憩所で同席したのが実に気さくなカップルで、お願いして何枚か写真を撮って頂くことができた。これ幸いと久々の更新に使わせて頂く。



なお数年前からブログの記述にあたってはですます調を文体としてきたが、「●旗」のようで却って居心地が悪いため、今日より改める。
筆者は未だ蒙古斑も消えぬほどの若輩者であるため(←ウソつけ)少々横柄に感じられる向きもあろうが、ご容赦されたい。



(1)ユーゴスラビア人民軍 地上軍 自動車化歩兵 兵卒

・M59/85スチールヘルメット
・旧式ヘルメットカバー
・M77コンバットシャツ
・M77コンバットパンツ
・70年代兵用バックルブーツ
・兵用レザーウェビング
・ツァスタバM57用ホルスター
・LCT製電動RPK(ツァスタバM72代用)

なにぶんサバイバルゲームの休憩時に慌ただしく撮影した写真であるため、腰に提げた車のキー、敵味方識別用に両腕に巻かれたユーゴスラビア軍当直腕章、革手袋などについては見なかった事にして頂けるとありがたい。

また、サバイバルゲームにおける利便性の観点から、ウェビング周りを相当部分省略した。
ユーゴスラビア軍の軍服規定からは大幅に逸脱するが、内戦中実際に見られた装備例に基づいての形式変更であるため、これはこういうものと思ってお許し頂きたい。




ボスニアの反戦映画「ノー・マンズ・ランド」にも、規定どおりにガスマスクポーチ、野戦スコップ等ウェビングを満艦飾にして現れた新兵ニノを古参兵が叱り飛ばし、余分な装備を外させるシーンがあった。
上の動画は別のシーンだが、指導を受けた後のニノ(眼鏡にベレー、M77野戦服の人物)の軽装がよく御覧頂けると思う。


英国BBC製作「ユーゴスラビアの崩壊」より。
4:48で特派員のインタビューに答える気の毒なユーゴ兵は、正に今回筆者が身につけていたのと非常に似た格好をしている。



ただ、この頃(90年代)にはダブルバックルの戦闘靴が主流であり、筆者が履いている70年代の戦闘靴とはバックルの位置が異なる。
画像は1989年度版ユーゴスラビア人民軍軍服規定集より。
フランス軍のものに似た、ダブルバックルブーツが採用されているのがわかる。
もっとも靴底や内張り、全体の形状などを見ればまるで別物なのだが。



M77戦闘服とSMB戦闘服の差異はほとんど誤差の範囲である。
タグの様式が異なる、ロールアップした袖を留めるボタンがないといった程度なので特に詳しい説明は省略する。

生地の色は、画像よりやや暗いフィールドグレー。




画像は実際の着用例。
左から一番目、二番目が十日間戦争時のもの、右は内戦勃発前の写真。
いずれも所属はユーゴスラビア地上軍。
兵科は自動車化狙撃兵=歩兵であり、肩章が示す階級は上等兵である。
手にしている自動小銃はツァスタバM70の折り畳みストックを備えたカービン・モデル、ツァスタバM70AB1だ。

ハンドガードの形状が特異であり、市販のエアーガンで再現するのは困難なため、次善の策として筆者はRPKの電動ガンをツァスタバM72軽機関銃の代用としている。
これもバレルに放熱フィンが設けられている、グリップが黒色の樹脂製であるなどソ連製のRPKとは異なる形状を持つが、M70自動小銃とその原型となったAKMに比べればまだマシだと言える。
というか、現状どうしようもないのでそういう事にしておく。



サバイバルゲームで実際に着用してみた雑感としては、生地が薄く軽快であるため、タイトな見た目に反して非常に動きやすい野戦服だと感じた。
反面後世のM89迷彩戦闘服に比べれば、耐久性には問題があったのだろう。
ボスニア内戦も半ばを過ぎると、正規軍の前線部隊では瞬く間に姿を消していった。

さて、SMB野戦服/M77野戦服には(当然ながら)野戦ジャケットやパーカーも存在する。
筆者の手元には両方持ち合わせがあるにはあるのだが、撮影日は暑かったので、持って行かなかった。
また別の機会にご紹介したい。

次回は、M89/M93迷彩について取り上げる。