スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上記事の更新がないブログに表示されます。
新しい記事を書くことで、こちらの広告の表示を消すことができます。  
Posted by ミリタリーブログ at

2015年12月11日

クロアチア軍装基本のキ!(一)戦闘服

■前文

地球上にかつて数多巻き起こった内戦のご多分に漏れず、ユーゴスラヴィア崩壊後の破壊的な局面にあっては正確には把握できないほど多様な軍服と個人装備が混用されました。

僅か20数年前の出来事であるにも関わらず、ユーゴ紛争における英語ベースの軍装知識は常に不完全なものにとどまり、戦場を写した記録映像も不鮮明で、世界中の軍装マニアの大半は一体何が何であるのか明確に知ることのできないまま今日に至ります。
ユーゴスラヴィアにおける軍服・個人装備は西側とも東側とも異なる特徴を持ち、或いはどちらの特徴をも兼ね備えた独特のものです。

この章に於いては、クロアチア国民防衛隊(ZNG RH)~クロアチア軍(OSRHまたはHV)、クロアチア防衛評議会(HVO)及びクロアチア防衛軍(HOS)などクロアチア系軍事組織の将兵が広く使用していた軍服と装備の代表例を紹介し、彼らがそうした軍装品をどのように組み合わせて着装していたのかについて読者の皆さんにわかりやすく説明していきたいと思います。

なお当ブログは様々な民族と政治の対立が巻き起こした地域紛争を言及の対象とはしていますが、政治的な動機には基づかず、あくまで純粋にユーゴスラヴィア内戦の軍装についての学習を目的とします。

*******************

ふだん当ブログをお読みになっている方でしたら耳にタコができるような話とは思いますが、念のため。
ユーゴスラヴィア紛争における軍装を理解するためには、内戦につきものの極めて混沌とした状況について頭に入れておく必要があります。

敵同士がお互いにそっくりの軍服を身にまとい、一方で同じ友軍同士、同じ旅団や民兵部隊内部でも不揃いな格好をするということが当たり前に存在したわけです。

同様に、どの交戦勢力においても外国製の兵器・個人装備・軍服が決して珍しいものではありませんでした。

殆どの場合軍服規定が意味を成さない紛争にあっては、実際の戦場写真や記録映像を観察する以外に学習の手立てはありません。

これから書く内容は以前投稿したARBIHに関する項目と多くの部分が重複しています。
90年代内戦中、ときに手を組み時に相争う仲にあったボスニアとクロアチアの関係に思いを馳せて頂けたら幸いです。

********************

さて前置きはこのへんで。

■目次

前文

1. クロアチア人勢力の軍服

2. クロアチア人勢力の個人装備

3.クロアチア人勢力の個人携行火器

-----------------------------------------

1.クロアチア人勢力の軍服


クロアチア系の各武装勢力において最も普及していた野戦服は、ウッドランド迷彩戦闘服です。


内戦中のクロアチア及びヘルツェグ=ボスナ・クロアチア人共和国では数限りない縫製工場・職人・個人が密輸された米軍用あるいは民生品のウッドランド戦闘服を参考に、様々な裁断の迷彩戦闘服を製造していました。


・M65型ハーフコート・・・基本は冬季戦闘服の外被にあたりますが、個癖によりライナーを取り外した上でジャケットとして使用する場合もあります。


・MA-1型ジャケット・・・冬季戦闘服上衣。旧人民軍で言うジャケットに相当します。上にM65を羽織る場合もあります。


・4ポケットBDUジャケット・・・夏季戦闘服上衣。多くは輸入品です。
シャツとして機能する場合が多く、4ポケットでも構わずタックインする場合もありました。


・2ポケットシャツ・・・夏季戦闘服上衣。国内で独自に製造したものを中心に複数種類が確認されています。

trousers
・カーゴパンツ・・・夏季/冬季戦闘服下衣。冬は米軍や独軍と同等のキルティングライナーやパッチと併用される場合もありました。


他にも東ドイツのレインドロップカモや英国の旧式DPMカモ、ブルガリア軍スプリンターカモ、そしてオーストリアのピーカモなどの迷彩服が確認されています。米国人傭兵ロブ・クロットは自著のなかで、英国人傭兵は特に好んでDPMを身に着けていたと書いています。

ODs
内戦初期、まだクロアチアとボスニアにおける迷彩服製造が本格化する以前には、西ドイツや米国製の単色戦闘服も広く着用されていました。

snow
雪中戦闘には冬季迷彩が必要です。
主にユーゴ国産のMOZ M69/M75迷彩戦闘服や西ドイツ製のシュネーターン迷彩服の使用が確認されています。

SAR80
戦闘帽も実に雑多なものでした。

hrvat
米国製のウッドランド迷彩戦闘帽やそのレプリカには八角帽と丸帽のどちらも存在します。
民兵の中にはクロアチアの伝統的な帽子を被る者もありました。

watchcapwitch
他の交戦勢力と同様ニット帽やバンダナなども好まれていました。


jirai
軍靴も民生品や外国製のミリタリーブーツまでなんでも使われていました。
詳細については当ブログ「ザスタヴァ通信」ARBiHの項目をご参照下さい。

commando
高部正樹氏等複数の関係者によりハイキングブーツなど民生品の使用が報告されています。
ロブ・クロットは自身が訓練を担当していたとあるHVの歩兵部隊について「より偵察任務に向いた灰色のハイカットスニーカーが支給されていたが、軍隊らしくないという理由で上官から使用を禁じられ、兵は皆ユーゴ軍の旧式バックルブーツを履かされ足を血だらけにしていた」というエピソードを紹介しています。


Special thanks to Balkan Wars Living History Group

セルビやんこと林鳥巣 編訳・追補 


■ちなみに

今年2015年11月に開催されたヒストリカルゲーム「ボスニア199X」。
2016年に第二回開催を予定しています(日時未定)。
お問い合わせは以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

Posted by セルビやん at 15:39Comments(0)クロアチア被服

2015年06月18日

セルビア軍装基本のキ!追補(一)外国人義勇兵の軍装

以前UPしたセルビア軍装基本のキ!ですが、いくつか抜けている箇所がありましたので、これから追加の説明を行ってゆきたいと思います。

■追補(一)外国人義勇兵の軍装

2rdo2

・ロシア人義勇兵

2rdo

ボスニア紛争では、ロシア人を中心とした旧ソ連出身者によるロシア義勇兵団(РДО)が活動していました。
РДОについては以前ミリブロでも簡単に触れましたので、覚えておいでの方もいらっしゃるかと存じます。

rdo

一部にはVSR迷彩、KKO迷彩、時にはKLMK迷彩など、自国から持ち込んだ旧ソ連/ロシア軍の戦闘服を着用する義勇コサックもいました。

dobrovijci

現地調達されたユーゴ/スルプスカ製戦闘服にマブタ戦闘帽やパパーハなどの自国の帽子や小物を組み合わせる例もしばしば確認されています。



彼らの写真集や記録映像を眺めてみると、現在80年代ソ連~90年代ロシア軍装を楽しんでいるマニアの皆さんがあまり費用をかけず、気軽にスルプスカ軍装を楽しむにはうってつけの軍装例がいくつか見つかるはずです。
各自、収集活動の困難さを乗り越える鍵を探してみてください。

3rdo

РДОそのものは1993年後半~1994年初め頃に解散しましたが、その後もボスニアに残留し、個人レベルでスラブ同胞のため戦い続けたコサック達も少なくなかったようです。


・ギリシャ人義勇兵

greek

セルビア同様正教徒が多く、ロシアよりずっと地理的に近いバルカン諸国の一員、ギリシャ。
ギリシャ人義勇兵が1991~1999年に渡ったユーゴ内戦のあらゆる局面で姿を現すのはごく自然な事と言えるでしょう。

heil

ギリシャ正教を信仰する大勢の男達がキリスト教世界の同胞を守るため行動に出ました。
所謂「ギリシャ義勇親衛隊(ГДГ)」です。

gdg

多くのギリシャ義勇親衛隊員は自国のギリシャリザード迷彩を身にまとう一方で、野戦装備類は現地調達したものを混用しました。

gvg

戦場においては粘り強く戦い、現地のセルビア人達ともよく連携し固い団結を誇ったとされています。



ロシア人とは対照的に、ギリシャ人義勇兵は基本的にセルビア人達に混じって任務に当たり、1994年戦争終盤まで独立したギリシャ人部隊を結成することはありませんでした。



Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

2015年06月14日

ボスニア軍装基本のキ!(七)JNA各種野戦服

■ユーゴスラヴィア人民軍の遺産

M89

ARBiHでは内務省リザード迷彩以外にも、旧体制下で製作された被服が使用されていました。

M77

しかしM55ウール野戦服やM77コットン野戦服、M87迷彩、M89迷彩をボスニア紛争テーマのヒストリカルゲームで着用する際には、敵味方の識別が可能なように極力コーディネートを工夫する必要があります。



例えばこの部隊は全員がM77野戦服を着用していますが、大きな部隊章を腕や胸に縫い付けていることがわかります。

エポレットにイスラム教で礼拝に用いる数珠「タスビーフ」を提げる、ヘルメットにボスニアの国章や部隊章を大きくペイントする、ウッドランド迷彩などより「ボスニア軍らしい」迷彩の被服とミックスするのも良いでしょう。

16.MOZ冬季迷彩服



そうした旧ユーゴ製の軍服の中で、一風変わった地位を占めているのがMOZ冬季迷彩戦闘服です。



ボスニア内戦における交戦3勢力すべて、そしてクロアチア紛争やコソボ紛争においても雪中戦闘時の偽装目的で多用されていた被服ですが、ARBiHにおいてはやや異なる役割も担っていました。
プロパガンダです。

MOZahideen

民族融和を強調した欧米先進諸国向けの宣伝とは裏腹に、ボシュニャク人のアイデンティティーを強化しイスラム諸国からの支援を取り付けるためボスニア政府はイスラム化政策を推進しました。


第1ムスリム歩兵旅団、第4ムスリム・スラブ旅団、第7ムスリム旅団、第737ムスリム旅団などイスラム教徒だけで構成された(※実際にはそうとも限らなかったようですが)ムスリム部隊を創設するなど「聖戦」イメージを利用していく中で、また「エル・ムジャヒッド」と呼ばれたイスラム諸国からの義勇兵達からの文化的影響を受け、パーカーのフードを鉢巻で留めて「イスラム聖戦士」風に装う軍人達が登場します。



フードつきで白い色、おまけに冬季以外は無用の長物であったMOZ冬季迷彩服は、スカーフを垂らし長衣を身に纏った英雄的なムジャヒディーンの「コスプレ」にはうってつけの手軽な衣装でした。

こうした「ムジャヒディーン」達の雄姿はTV番組などのメディアを通じてしきりに喧伝されていたため、今でも写真や録画映像で容易にその様子を知ることができます。



Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

2015年06月14日

ボスニア軍装基本のキ!(六)その他諸外国の軍服

■その他諸外国の軍服

米国製ウッドランド迷彩については既に述べました
これからARBiHが使用したその他諸外国の戦闘服について紹介したいと思います。

ARBiHにおいては、非正規の民兵部隊と正規軍であるとを問わず、手に入る被服なら何でも使用されていたのが実情だったと言えます。
これらの非殺傷性軍需物資は、国連の禁輸措置下においても殆ど実効性のある制限を受けずに流入していました。
あまつさえ、一部は中立であるべき国連防護軍の現地部隊からもたらされたものさえあったとされています。

9 ブルガリア「スプリンター」迷彩



ブルガリア軍の迷彩服は、ボスニア紛争においては殆どARBiHでしか使用例が確認されていません。
ズボンの他、ジャケットを分解して製作されたチェストリグなどが記録に残っています。

このブルガリアスプリンター迷彩チェストリグは、のちにコソボ紛争においてもコソボ解放軍などの反乱勢力によって使用されたことがわかっています(※混同を避けるため、此処では画像を省略します)。
ボスニア内戦には、ムスリムの同胞を救うためコソボ自治州やアルバニア本国から多数のアルバニア人が義勇兵として参戦していました。
他にもボスニア内戦に特有の特徴を備えたローカルメイドのチェストリグやアサルトベストがコソボにおいても頻繁に登場していることから、現地製造の他、ボスニア政府や民間の支援団体からコソボの反乱勢力に対する軍需物資の支援があったと見るのが自然と思われます。

10 東独レインドロップ迷彩

raindrop

ドイツ統一により不要となった旧東ドイツの軍服や装備品は、世界の他の紛争地域と同様90年代のボスニアでも使用されていました。
東ドイツ製レインドロップ迷彩服は紛争初期のクロアチア国民防衛隊同様、ARBiHでも主に防寒衣として利用されていたものと思われます。

11 西ドイツOD野戦服




迷彩服ではありませんが、西ドイツ製の単色野戦服も利用されていました。
主にセーターなどの着用例が確認されています。

12 オーストリア軍ピーカモ

aus

余り一般的とは言えませんが、一応は着用例が記録に残っています。
この写真ではカモパーカーの裾を切除してあるようです。

13 スロベニアM91迷彩

M91

これもレアケースです。
それなりに着用例はあるものの、やはり一般的とは言えません。

14 ドイツ連邦軍フレクターン迷彩

wg


迷彩カバーオールなどの着用がごく稀に見られます。
紛争のごく終盤から登場する被服であるため、雰囲気を重視するならばヒストリカルゲームなどでの着用は余り推奨できません。

15 ギリシャリザード迷彩

g

レアケースです。
ギリシャ国家情報庁の支援を受けていたスルプスカ共和国軍からの鹵獲品である可能性が高いと推測されます。




Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。
  

2015年06月14日

ボスニア軍装基本のキ!(五) ボスニア独自の迷彩パターン

■ボスニア独自の迷彩パターン

ボスニア紛争期、ARBiHでは数種類の独自にデザイン・製造された迷彩服が使用されていました。
これらの多くは外国製サープラス品に比べると供給数が少なく、局地的にしか着用例が認められないものが多い傾向にあります。


5. ビハチ「フロッグスキン」迷彩

bihac1

VRS包囲下のビハチにおいて、ARBiH側で多く見られた迷彩服です。


6.フロッグスキン迷彩派生型



ビハチのものと似てはいますが、別の地域でも使用が見られる迷彩服です。
テクスチャー同士の重なりがないのが特徴です。


7.ローカルメイド「ブロット」迷彩

blot


いつ何処からもたらされたものか、この迷彩については殆ど何もわかっていません。
シャツの他、同柄のコンバットパンツも製造されていたようです。





Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

2015年06月14日

ボスニア軍装基本のキ!(四)社会主義ユーゴ及び鹵獲セルビアリザード迷彩

4. 社会主義ユーゴ及びセルビアリザード迷彩

liz

ARBiHも主敵・スルプスカ共和国軍(VRS)と同様にリザード迷彩柄の戦闘服を着用していました。

内戦勃発以前のボスニア・ヘルツェゴヴィナ社会主義共和国では各地の警察署や内務省関連の私設でリザード迷彩を対テロ部隊の迷彩服として備蓄していましたから、何ら不思議はありません。

liz1

また社会主義時代のものに比べれば少数ではありますが、VRSからの鹵獲品を着用している例も戦場写真や映像で確認されています。



Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

2015年06月13日

ボスニア軍装基本のキ!(三)MOL 「枝」迷彩

MOL


3.MOL 「枝」迷彩

MOL1

本来は迷彩服でない素材・・・特にMOL迷彩柄の野戦天幕などを転用した戦時急造迷彩服は、ボスニア軍においては塹壕や前線基地での個人制作品から工場生産品に至るまで、既成品の迷彩服が極端に不足していた紛争初期には非常に多用される被服でした。



ジャケットやズボンは勿論、派手派手しい迷彩ベレーや迷彩テンガロンハット、ヘルメットカバー、ゲットーベストのような一風変わったアイテムまでもがMOL迷彩柄のテント生地で製作されていたのです。

chest

紛争中盤以後、迷彩服の供給が改善するとこれらの迷彩天幕はチェストリグ、アサルトベスト、マガジンポーチ、背嚢など他の野戦装備を製造するための素材へと転用されていきます。

また、迷彩天幕そのものを簡易的な迷彩服として用いることも紛争の全期間を通して行われました。
内戦勃発前、かつて単色戦闘服が主流だった時代のユーゴスラヴィア人民軍教本にも偽装要領のひとつとして紹介されている方法です。
このスタイルはクロアチアの戦争映画「沈黙の戦場(※原題:Živi i mrtvi, 『生者と死者』)」終盤でも見ることができます。





Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 




■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

2015年06月13日

ボスニア軍装基本のキ!(二)US「M81」ウッドランドカモ及び派生型

■1 ARBiHの軍服

zatta

ボスニア内戦(1992~1995)における他の軍事勢力と比較して、ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国軍(以下ARBiHと略称)の軍装は時期と地域を問わずきわめて雑多なものでした。

その成り立ちからして企業・自治体が地域防衛隊単位で設立した民兵集団や犯罪組織、地域の実力者による私兵集団・人民軍からの脱走兵等々をボスニア戦時政府が糾合して創設されたARBiHは、武装の相当部分を諸外国からの密輸及びクロアチアの支援に依存していました。

当然その軍服もこうした事情を如実に反映しており、欧米各国のサープラス品、クロアチア製ウッドランド迷彩、幾ばくかの旧ユーゴスラヴィア人民軍からの鹵獲品、そして独自に製造された雑多で珍妙な各種の迷彩戦闘服がごちゃ混ぜに着用されていました。

そのため今回は、以前投稿したスルプスカ共和国軍軍装ガイドと比較して更に多くの迷彩服とその派生型について解説する必要があります。

「ボスニア199X」に参加予定の皆様をはじめボスニア軍装に興味をお持ちの皆様、暫しお付き合い下さい。

それでは、まず定番のウッドランド迷彩から始めましょう。


wl1

2 US「M81」ウッドランドカモとその派生型及び海賊版

ARBiHが着用した軍服の大半は米軍「M81」ウッドランド迷彩と、様々な色調・パターンを持つ無数の外国製派生型によって占められていました。

wl

一例を挙げると、クロアチア及びボスニア製のウッドランド迷彩はブラウン及びタンカラーが強く、それでいて全体的にやや暗くくすんだ色調を持つ傾向があります。

wl2

まとまりませんが、同軍装備再現にあたっては代用や未確認の派生型まで念頭に入れれば、韓国製やパキスタン製などこの時代に存在した殆どのウッドランド迷彩服及びその同型品を着用して差し支えないものと思われます。


  

2015年06月13日

ボスニア軍装基本のキ!(一)~ボスニア紛争92-95~

b


■前文

地球上にかつて数多巻き起こった内戦のご多分に漏れず、ユーゴスラヴィア崩壊後の破壊的な局面にあっては正確には把握できないほど多様な軍服と個人装備が混用されました。

僅か20数年前の出来事であるにも関わらず、ユーゴ紛争における英語ベースの軍装知識は常に不完全なものにとどまり、戦場を写した記録映像も不鮮明で、世界中の軍装マニアの大半は一体何が何であるのか明確に知ることのできないまま今日に至ります。
ユーゴスラヴィアにおける軍服・個人装備は西側とも東側とも異なる特徴を持ち、或いはどちらの特徴をも兼ね備えた独特のものです。

この章に於いては、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国軍(以後ARBiHと表記する)将兵の間で広く使用されていた軍服と装備の代表例を紹介し、彼らがそうした軍装品をどのように組み合わせて着装していたのかについて読者の皆さんにわかりやすく説明していきたいと思います。

尚本ブログは様々な民族と政治の対立が巻き起こした地域紛争を言及の対象とはしていますが、政治的な動機には基づかず、あくまで純粋にユーゴスラヴィア内戦の軍装についての学習を目的とします。

v


― 目次 ―

前文

■1 ARBiHの軍服

2 US「M81」ウッドランドカモとその派生型及び海賊版
3 MOL 「枝」迷彩
4 社会主義ユーゴ及びスルプスカ共和国軍リザード迷彩

■より一般的でない迷彩着用例

5 ビハチ「フロッグスキン」迷彩
6 第2「フロッグスキン」迷彩派生型
7 ローカルメイド「汚れ」迷彩
8 その他諸外国の軍服
9 ブルガリア「スプリンター」迷彩
10 東独レインドロップ迷彩
11 西ドイツOD野戦服
12 オーストリア軍ピーカモ
13 スロベニアM91迷彩
14 ドイツ連邦軍フレクターン迷彩
15 ギリシャリザード迷彩
16 MOZ冬季迷彩
17 ARBiHの個人装備
18 ベストと野戦装備
19 ブーツほか靴類





Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 






■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

2015年05月05日

セルビア軍装基本のキ!(十)パルカと冬服

trench

夏でも平均気温20度前後、冬は氷点下の寒さとなるボスニア・ヘルツェゴヴィナ。

zima

戦場の厳しい寒さを凌ぐため、ボスニア内戦の兵士たちは実に多用な種類のパルカ(ハーフコート)を着用しました。

montenegrin

最も一般的だったのはM77ハーフコートです。



脱着可能なキルティングライナーとフードを備えた冷戦後期型の冬服で、内戦勃発前からユーゴスラヴィア人民軍の制式装備としてユーゴ全土に広く普及していました。

flag

将校は多くの場合より新型で軽く温かく迷彩柄のM89オークリーフ迷彩ハーフコートを着用していました。

generala

M89裁断のハーフコートはのちにリザード迷彩のタイプも製造されるようになり、防寒服としては最も好まれる選択肢となってゆきます。



重厚なM55ウールコートとその派生型も極めて一般的だった為、迷彩柄ばかりの中でよりクラシックな出で立ちを誇りたいリエナクターにはおすすめです。



冬物を選ぶ際に注意すべきは、ジャケット同様M89ハーフコートとM93ハーフコートは全く別物であるという点でしょう。
M89ハーフコートには、M93のような胸ポケットはありません。

sniper

内戦の全期間を通じて、兵士たちは様々に工夫を凝らして重ね着をしました。

dwarf

セーターやフリースなど、手に入るものなら軍用でも凝った装飾の民生品でも何でもです。
既存の戦闘服にファーやフリース、キルティングのライナーを取り付ける改造も広く行われていました。

Balkan Wars Living History GroupY著
セルビやんこと林鳥巣訳


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込はリンク先メールアドレスまで。
お待ちしております!  

Posted by セルビやん at 22:28Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年05月05日

セルビア軍装基本のキ!(九)単色野戦服



スルプスカ共和国軍においてユーゴスラヴィア人民軍の軍服が広く普及していた事は、このエントリーを御覧の方であれば誰もが知る事実でしょう。

92

1992年ボスニア撤退時、人民軍はスルプスカ共和国の友人達のためセルビアに引き上げたのよりも遥かに多くの装備を残していきました。

M77


最も一般的であったのがシャツとズボン(※=人民軍の軍服規定における夏季軍装の基本構成要素)で、次いでパルカやジャケットが一般的でした。

wool

初期には重く分厚い1950年代のウール野戦服やオーバーコートも見られましたが、これらは予備役から成るユーゴスラヴィア地域防衛隊軍事部門出身の兵士達が着用していたものです。




一般的に言ってこうしたユーゴスラヴィア人民軍の各種旧式軍装品は、例えそれが1940年代のものであろうが冷戦末期のものであろうが、どのボスニア・リエナクメントでも必ず登場するべき必須の要素であり、スルプスカ共和国軍及びボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国軍の軍装を再現する際にはたいへん有用なアイテムであると言ってよいでしょう。




ただしスルプスカ共和国軍は(※当時の西側メディアが彼らを人民軍/連邦軍と混同しようがしまいが)明確に民族主義の立場を取っていたことを忘れてはなりません。多くのスルプスカ軍人は、セルビアの友人たちが残していった軍装品から赤い星その他かつて親しんだ社会主義のシンボルをそっくり除去してしまいました。

Balkan Wars Living History Group著
セルビやんこと林鳥巣訳


(※映像や写真で見る限り、砲兵の場合は戦争末期になっても迷彩服ではなく単色の野戦服を継続使用する割合が高かったように思われます)


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込はリンク先メールアドレスまで。
お待ちしております!  

Posted by セルビやん at 01:00Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年05月04日

セルビア軍装基本のキ!(八)M58「山岳」迷彩

rock


M68迷彩に先立つこと(※少なくとも公式には)10年、1958年にユーゴスラヴィア人民軍で導入された迷彩オーバースーツがM58「山岳」迷彩です。
迷彩マニアの間ではほかに砂地迷彩・岩迷彩などとも呼ばれています。


(※2:31~)

日本では映画「エネミー・ライン」終盤に登場するスナイパーが着用していたことで知られています(※というか、それ以外の場では殆ど何の認識もされていないと思いますが)。

1950年代と古い時代の迷彩であるにも関わらず、ユーゴスラヴィアの多くの地形で高い迷彩効果を発揮する迷彩柄です。
勿論ボスニア・ヘルツェゴヴィナもその例外ではなく、90年代内戦時には陣営を問わず使用されました。

因みに、俗に「ユーゴ最初の迷彩」とも言われていますが(※セルビア語やクロアチア語話者ですらそう思い込んでいることがある)、そんなことはありません。
実際にはこのM58迷彩以前にも幾つかの迷彩服が導入されており、中には外国製ではなくちゃんと国産のものもあります。

とはいえ今回のシリーズはどれも迷彩そのものではなく、あくまでボスニア紛争リエナクトでの装備選びのためのメモです。
余計なウンチクはこの辺にしておきます。

Balkan Wars Living History Group著
セルビやんこと林鳥巣訳


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込はリンク先メールアドレスまで。
お待ちしております!  

Posted by セルビやん at 23:30Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年05月04日

セルビア軍装基本のキ!(七)ブタン迷彩

7.ブタン迷彩

overall

戦闘ツナギはVRSの代表的戦闘服のひとつで、主に自動車化歩兵部隊を中心に広く実戦で使用されていました。

bhutan

これらの戦闘ツナギは大半がリザード迷彩柄を採用していましたが、一部にはソ連製TTsKO迷彩(ブタン迷彩)の現地コピー品も見られます。



VRSの戦闘ツナギには非常に多くの種類が存在しますが、ジッパーフロントで裾口にゴム留めがあるタイプ、VRSが用いる通常の迷彩ジャケットに近い、米軍M65近似の大きな胸ポケットを備えたタイプの二種類に大別できます。


・・・ブタン迷彩というより戦闘ツナギについての解説になってますね。
要するにこの迷彩もセルビアDPM同様あまりはっきりとは正体がわかっていない迷彩ということなのかもしれません。
あくまでこの一連のシリーズは「スルプスカ共和国軍の軍装には、こういうものもあるよ」という紹介程度の内容だと思って下さい。

因みにこのブタン迷彩はクライナ・セルビア人軍でも使用例がありますが、どの被服もソ連製の軍服とは似ても似つかないアイテムです。
ソ連製のブタン迷彩服をボスニア・クロアチア紛争に流用するのは基本的にNGだと思って下さい。
もしそうしたいなら、ロシア義勇兵の実際の着用写真をがんばって探すしかないと思います。

Balkan Wars Living History Group著
セルビやんこと林鳥巣訳


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込はリンク先メールアドレスまで。
お待ちしております!  

Posted by セルビやん at 15:34Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年05月03日

セルビア軍装基本のキ!(六) セルビアDPM迷彩




セルビアDPMもまたVRS独特の謎めいた迷彩のひとつです。
この迷彩服が何処から来たのか、未だ正確な由来は判っていません。

DPM


柄・色味・裁断ほか無数のパターンが存在し、この迷彩生地を用いて様々なアイテムが製作されました。

はっきりしていることは、この迷彩が1992年VRS内に自費で購入できるPX品として流通し始めたということだけです。
どの派生型も基本的には英軍初期型DPMやオランダ軍DPM迷彩をそのまま模倣したものか、それをやや色あせ青緑がかった色味に染めたものでした。

2DRO


Balkan Wars Living History Group著
セルビやんこと林鳥巣訳


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込はリンク先メールアドレスまで。
お待ちしております!  

Posted by セルビやん at 23:40Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年05月03日

セルビア軍装基本のキ!(五)MOLパームツリー迷彩

MOL2


5. MOLパームツリー迷彩

otasanohime


MOL(=夏季2ピース迷彩服)パームツリー迷彩はユーゴ内戦全ての交戦勢力において特異な地位を占めている迷彩です。

MOL

内戦前は専ら野戦天幕や狙撃手、国境警備隊、特殊部隊向けに支給された迷彩オーバースーツにのみ採用されていました。

mafuyunokoi

しかし内戦が始まると、どの陣営もこれらの迷彩天幕や迷彩オーバースーツを切り刻んで、より広範な種類にわたる別の装備品へと作り変えてしまうようになります。ハトメがつきっぱなしの野戦天幕製ズボンすら、そう珍しいものではありませんでした。

chest


比較的装備に恵まれていたスルプスカ共和国軍においては主敵たるボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国軍(※以後ARBiHと略称します)ほど多用されることはありませんでしたが、それでもヘルメットカバーやホルスター、チェストリグなどの小物類、それに元地域防衛隊(※以後TOと呼称します)並びに義勇兵から成る民兵部隊ではしばしば使用例が確認できます。




入手難易度が比較的低い割にはその一見して派手な色柄から迷彩効果が疑問視され、サバゲーマーには不人気なアイテムですね。
シダ類の下草など黄色く変色する植物が多いので、ユーゴの植生にはそれなりに適合した迷彩パターンなのですが。



Balkan Wars Living History Group著
セルビやんこと林鳥巣訳


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込はリンク先メールアドレスまで。
お待ちしております!
  

Posted by セルビやん at 22:58Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年05月03日

セルビア軍装基本のキ!(三)セルビアタイガー/リザード迷彩

tokage

3.セルビアタイガー/リザード迷彩



M89迷彩に次いで使用例が多く認められる迷彩が通称「セルビアリザード迷彩」です。
社会主義時代のユーゴスラヴィアで内務省系統の治安部隊向けに支給されていた迷彩を源流としてスルプスカ共和国が独自に製造していた国産品で、色・柄・裁断ともに無数の派生型が存在しました。

general


野戦天幕、戦闘ツナギ、ジャケット、トラウザーズ、ショートパンツ、シャツ、そしてハーフコート他ありとあらゆる種類の被服が製造・使用されています。

ボスニア内戦後期には米軍M65ジャケットを模倣した4ポケットタイプの派生型が製造されるようになりましたが、初期にはよりM89ハーフコートに近い裁断が主流でした。しかしながらM65型とは別に、初期にもユーゴ内務省の官給ジャケットに由来する初期型4ポケットタイプも存在します。




誤解を恐れずに言えば、このセルビアリザード迷彩はボスニア紛争で多数が使用された一方で日本国内における流通量は極めて限られているため、例え他の迷彩服との混用であっても他のリザード迷彩を所有していないスルプスカ軍装趣味者に蒐集レベルの差を明白に見せつける指標となるアイテムとも言えます。




Balkan Wars Living History Group著
セルビやんこと林鳥巣編訳


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込はリンク先メールアドレスまで。
お待ちしております!
  

Posted by セルビやん at 18:03Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年05月03日

セルビア軍装基本のキ!(一) ~ボスニア紛争92-95~

koridor



■前文

地球上にかつて数多巻き起こった内戦のご多分に漏れず、ユーゴスラヴィア崩壊後の破壊的な局面にあっては正確には把握できないほど多様な軍服と個人装備が混用されました。

僅か20数年前の出来事であるにも関わらず、ユーゴ紛争における英語ベースの軍装知識は常に不完全なものにとどまり、戦場を写した記録映像も不鮮明で、世界中の軍装マニアの大半は一体何が何であるのか明確に知ることのできないまま今日に至ります。
ユーゴスラヴィアにおける軍服・個人装備は西側とも東側とも異なる特徴を持ち、或いはどちらの特徴をも兼ね備えた独特のものです。

この章に於いては、スルプスカ共和国軍(以後VRSと表記する)将兵の間で広く使用されていた軍服と装備の代表例を紹介し、彼らがそうした軍装品をどのように組み合わせて着装していたのかについて読者の皆さんにわかりやすく説明していきたいと思います。

尚本ブログは様々な民族と政治の対立が巻き起こした地域紛争を言及の対象とはしていますが、政治的な動機には基づかず、あくまで純粋にユーゴスラヴィア内戦の軍装についての学習を目的とします。



■目次

前文

1.VRSの軍服

2.M89オークリーフ迷彩

3.セルビアタイガー/リザード迷彩

4.USウッドランド迷彩

5.MOL「枝」迷彩

6.セルビアDPM迷彩

7.ブタン迷彩

8.M58「山岳」迷彩

9.ユーゴスラヴィア人民軍各種軍服

10.パルカと冬服

11.VRSの個人装備

12.VRSの個人携行火器

奥付

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


JNA


1.VRSの軍服

ボスニア・ヘルツェゴヴィナのセルビア人勢力、すなわちスルプスカ共和国(VRS = Vojska Republike Srpske)の軍装品の多くは、もともと1992年ユーゴスラヴィア人民軍が撤退する際、スルプスカ共和国軍が残置していったものを細々とした家内制手工業で、あるいは本格的な縫製工場で小改造を施したものです。



勿論、彼らの身に付けていた軍装品が全て社会主義時代のユーゴに由来するものだったわけではありません。例えばクニンなどで製造されたソ連製TTsKO迷彩(※=ブタン迷彩)のコピー品やアサルトベスト、戦闘ツナギ、ジャケットなどはユーゴスラヴィアにおけるそれまでの軍装品の歴史とは殆ど関わりのない、内戦の所産といえるでしょう。

(二)に続きます。






Balkan Wars Living History Group著
セルビやん編訳


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込はリンク先メールアドレスまで。
お待ちしております!  

Posted by セルビやん at 17:03Comments(0)スルプスカ共和国被服

2012年07月29日

ボスニア領土防衛軍民兵



先週土曜、デザートストーム川越にて撮影。

1992年サライェヴォ防衛にあたったボスニア・ヘルツェゴヴィナ領土防衛軍民兵の軍装を再現してみた。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ領土防衛軍は愛国者同盟などと並び、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国軍の前身となった組織のひとつである。
ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国では、ワルシャワ条約機構軍の侵略に備え、スウェーデンの山岳防衛構想を参考にした独自の全人民抵抗体制を整えていたが、内戦勃発時にはこれらのシステムが自国内の異民族相手に容赦なく牙を剥いたのであった。

トータル・ナショナル・ディフェンス-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B9

ツァスタバ・フィルム製作のドラマ「兵士たち」


第4話-「黒と青」は領土防衛軍と人民軍との対抗演習を描いたエピソードだ。
70年代には既にクロアチア系を中心とした大規模な暴動が発生していたとはいえ、このドラマを製作したスタッフ達もまさか数年後には本当に自国民同士の殺し合いが始まるとは思ってもみなかったことだろう。
9:11の作戦会議シーンでは、今回私が着用したのと同じ領土防衛軍の青い野戦服を見ることが出来る。



ベレーはユーゴスラヴィア製で樹脂製帽章は入手時からついていたオリジナル。
ブルーの領土防衛軍ジャケットは撥水加工で、猛暑の中着用するのは少々苦痛だった。
左袖に元々ついていたユーゴスラヴィア領土防衛軍部隊章を剥がして、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ領土防衛軍の部隊章に付け替えたもの。
革製の弾帯・バックルブーツ・ツァスタバM56短機関銃用ポーチ・ツァスタバM57用ピストルホルスターは全てユーゴスラヴィア人民軍実物。



サングラスは湾岸戦争時英軍のものなので、単なる目線隠しと思って頂きたい。



参考にしたオスプレイ メンアットアームズ掲載のイラストでは武装が中折れ式二連銃身の散弾銃だったが、この日はCYMA製MP5A2とクラシックアーミー製G3A3、それにツァスタバM57の代用としてトイスター製トカレフTT-33を使用した。
また袖章も同イラストのものとは異なるが、上記武装・徽章ともに組み合わせとしてはあっておかしくないものに仕上がったと思う。

領土防衛軍の装備としては他に部隊章つきの背嚢のみ所有、下衣や野戦帽など基本的なアイテムが不足しているが、これらを入手した暁には是非セルビア義勇親衛隊の軍装にも活用していきたいと考えている。



セルビア義勇親衛隊-通称「アルカンの虎」も一時期、領土防衛軍の装備を使用していたことがある。