2015年12月11日

クロアチア軍装基本のキ!(二)個人装備

(二)個人装備


mixed
個人装備もまた軍服と同様さまざまな種類が使われていました。

belt
1992年頃まではユーゴ製の各種装備が最も一般的でしたが、米国や東西ドイツ製サープラス品も普及していました。

95
ローカルメイドのアサルトベストが登場し始めたのはモスタル包囲戦(92年4月~93年12月)の頃からです(※画像は95年のもの)。


優秀なV-1コピーのアサルトベストが一般に普及する94年頃までは、自動小銃の弾倉を持ち運べるようポケットを拡張した中綿ベストが使われていました。


中国製の五六式弾帯も時折戦場写真に登場します。

91
一般に内戦初期の軍装を再現するのであればベルトにポーチといったクラシックなスタイルを選ぶのが無難と言えるでしょう。

pistol
サスペンダーは邪魔とばかりに省略されることが多かったようです。

germs
ヘルメットはユーゴ製M59/85、東ドイツM56、フランス製M1951ヘルメットなどのモデルがありました。

ped
最も一般的だったのは米国製M1及びM2ヘルメットであったとされています。


WW2~ヴェトナム戦争と様々な年代の個体が使用されていましたが、ヘルメットカバーもミッチェルパターンからオリーブドラブにウッドランドと多彩でした。


ボディアーマーはユーゴ製やアメリカ製が主体だったようです。

pack
背嚢については旧ユーゴスラビア人民軍のものに加え、迷彩柄のコピー品、その他外国製品が混用されているのが各種資料で見て取れます。


Special thanks to Balkan Wars Living History Group

セルビやんこと林鳥巣 編訳・追補 


■ちなみに

今年2015年11月に開催されたヒストリカルゲーム「ボスニア199X」。
2016年に第二回開催を予定しています(日時未定)。
お問い合わせは以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

Posted by セルビやん at 17:50Comments(0)クロアチア個人装備

2015年06月19日

セルビア軍装基本のキ!追補(二)VRSの軍靴

■追補(二)VRSの軍靴

gottago
ボスニア内戦の全期間を通じて、スルプスカ共和国軍の将兵は様々な軍靴を履いて戦場を駆け抜けました。

sneak
大多数が入手の容易な旧いユーゴスラヴィア人民軍官給品を使い続ける一方で、外国製品や民生品を選ぶ者も少なくなかったようです。


最も広汎に使用されたのは1970年代にJNAへ導入されたダブルバックルブーツです。

日本で入手しやすい代用品としてはフランス軍のダブルバックルブーツか、ミドリ安全などの安全靴を選ぶとよいでしょう。

boots77

バックルベルトのハトメの有無や基本構造・靴底のパターンなど形状の違いを挙げればキリがありませんが、一応は黒い革製の長靴で二本のバックルベルトがついている・・・という最低限の条件は満たしてくれています。

55
より旧型のM55ブーツも極めてよく見られる軍靴のひとつです。

boots
経済的に余裕のある軍人は、競って外国製の軍靴を求めました。

tigrovi
いちばん人気が高かったのは、言うまでもなくアメリカ製のミリタリーブーツです。


他にも殆ど全ての欧州諸国からサープラス品が流入していました。


履きやすく質の高い民生品のレザーブーツ、それにハイキングブーツの類いも好んで選ばれていたようです。

クロアチア側の義勇兵であった邦人の著書にも同様の記述があり、事実HVOやARBiHでも同様の例が写真や動画で確認できます。
足元事情については、ボスニア内戦3勢力全て概ね似通った状況にあったと言えるでしょう。




Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

Posted by セルビやん at 03:21Comments(0)スルプスカ共和国個人装備

2015年06月18日

セルビア軍装基本のキ!追補(一)外国人義勇兵の軍装

以前UPしたセルビア軍装基本のキ!ですが、いくつか抜けている箇所がありましたので、これから追加の説明を行ってゆきたいと思います。

■追補(一)外国人義勇兵の軍装

2rdo2

・ロシア人義勇兵

2rdo

ボスニア紛争では、ロシア人を中心とした旧ソ連出身者によるロシア義勇兵団(РДО)が活動していました。
РДОについては以前ミリブロでも簡単に触れましたので、覚えておいでの方もいらっしゃるかと存じます。

rdo

一部にはVSR迷彩、KKO迷彩、時にはKLMK迷彩など、自国から持ち込んだ旧ソ連/ロシア軍の戦闘服を着用する義勇コサックもいました。

dobrovijci

現地調達されたユーゴ/スルプスカ製戦闘服にマブタ戦闘帽やパパーハなどの自国の帽子や小物を組み合わせる例もしばしば確認されています。



彼らの写真集や記録映像を眺めてみると、現在80年代ソ連~90年代ロシア軍装を楽しんでいるマニアの皆さんがあまり費用をかけず、気軽にスルプスカ軍装を楽しむにはうってつけの軍装例がいくつか見つかるはずです。
各自、収集活動の困難さを乗り越える鍵を探してみてください。

3rdo

РДОそのものは1993年後半~1994年初め頃に解散しましたが、その後もボスニアに残留し、個人レベルでスラブ同胞のため戦い続けたコサック達も少なくなかったようです。


・ギリシャ人義勇兵

greek

セルビア同様正教徒が多く、ロシアよりずっと地理的に近いバルカン諸国の一員、ギリシャ。
ギリシャ人義勇兵が1991~1999年に渡ったユーゴ内戦のあらゆる局面で姿を現すのはごく自然な事と言えるでしょう。

heil

ギリシャ正教を信仰する大勢の男達がキリスト教世界の同胞を守るため行動に出ました。
所謂「ギリシャ義勇親衛隊(ГДГ)」です。

gdg

多くのギリシャ義勇親衛隊員は自国のギリシャリザード迷彩を身にまとう一方で、野戦装備類は現地調達したものを混用しました。

gvg

戦場においては粘り強く戦い、現地のセルビア人達ともよく連携し固い団結を誇ったとされています。



ロシア人とは対照的に、ギリシャ人義勇兵は基本的にセルビア人達に混じって任務に当たり、1994年戦争終盤まで独立したギリシャ人部隊を結成することはありませんでした。



Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

2015年06月15日

ボスニア軍装基本のキ!(八)ARBiHの個人装備

■17 ARBiHの個人装備



被服と同様、野戦装備もボスニア兵は手に入る物なら何でも構わず利用していました。
こと予備弾薬運搬手段の多様さには、他の2勢力と比べても目を見張るものがあります。

M68
旧ユーゴ、アメリカ製、ヨーロッパ周辺諸国からの輸入品・・・チェストリグは自作することもあれば既成品を購入することもありました。

zatta
ブーツも軍用のみならずスニーカーや軽登山靴、ウエスタンブーツなどの多種多様な民生品が混用されていました。


武器については言うまでもありません。

さて、それでは各項目について簡単に触れてゆきたいと思います。




18.ベストと野戦装備

wl1

中国軍の五六式弾帯からアメリカ軍のフラックベスト、奇妙なかたちをした現地での戦時急造品に至るまで、ARBiHの用いたアサルトベストとチェストリグの多様さは恐るべきものでした。

下記の画像を御覧下さい。

v

此処に見られる何種類ものベストやチェストリグは、ほんの一部の例に過ぎません。

ウェビング類もユーゴ国産・米国製・欧州各国問わず多種多様なサスペンダーキットが使用されていました。
ベストやチェストリグが常に不足しがちだった一方、流石にピストルベルトにまで事欠くような有り様はそうそうなかったようです。



特にユーゴスラヴィア人民軍官給レザーピストルベルトは、全軍共通の最も一般的なアイテムであったと言えます。

19.ヘッドギア

beheaded
ヘルメットも複数種類が使用されていました。

steelpot
米軍M-1ヘルメット、東ドイツM56/76ヘルメット、ユーゴ製M59/85ヘルメットの3種類がその代表例ですが、他にもヨーロッパ各国の多種多様なヘルメット着用例が知られています。

fluffy
旧ユーゴ製のヘルメットは、多くの場合人民軍の赤い星をボスニアの国章に置き換えたり、ヘルメットカバーで覆ってしまったり、あるいは迷彩塗装で塗り潰して敵味方の識別に努めていたようです。

caps
帽子についても、民生品やベレー帽、ウッドランド迷彩のフィールドキャップなど様々な種類が用いられていました。

head1
スウェットバンド、鉢巻も多くの兵士達に好まれました。

rambo
着用する理由としては、ただ単純に「ランボーみたいに見えて格好良いから」という元兵士による複数の証言が確認されています。

head
部隊単位で色や図柄が統一されている場合は、識別章や団結の印としての意味合いが強かったのでしょう。

heads
イスラム教特有の信仰告白の誓句や、政治的なスローガンを書きつけることも一般的に行われていました。


20.ブーツ他靴類



市街戦においては静かで動きやすいランニングシューズやスニーカーが好まれました。
それ以外の戦場ではブーツを履いて戦いに臨んでいたようです。

boots
旧ユーゴ製軍靴、民生品ハイキングブーツ、外国軍の放出品・・・ボスニア軍の戦場写真を眺めていると、時には東ドイツ製のジャックブーツやゴム長にまで出くわすことがあります。

480

そうした靴が何故選ばれたかについて、事細かに考察することには殆どの場合何の意味もありません。
手に入る物を使っていた、ただそれだけのことなのです。


Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 


■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

2015年05月06日

セルビア軍装基本のキ!(十一)VRSの個人装備



VRSの兵士たちが身につけていた個人装備は一般に製造元も素材もばらばらで、非常に雑多な上多くの場合かなり凝った個人改造が施されていました。

leather

1992年内戦勃発時には人民軍の残置した旧式の革製ウェブベルトと各種ポーチから成る革製装備が主体でしたが、1995年終戦までにはナイロン製へと更新されてゆきました。



時には米国製のALICEベルトが使用されることもあったようです。



将校達は好んでユーゴ時代と同様のサムブラウンベルトを巻いていました。
もっとも、画像のように邪魔な斜革は付けずに済ます場合も多かったようです。



当初はこれらベルトとサスペンダー、各種ポーチを組み合わせたサスペンダーキットが主流でしたが、戦争が長引くにしたがってアサルトベストやチェストリグなどより実戦的な装備へと更新されてゆきます。

overall

とにかくさまざまな職人や工場がてんで勝手に装備を製作していたため、これらの戦時製造個人装具は殆ど品質管理そのものが存在しない粗悪品から素晴らしく現代的且つ頑丈なタクティカルギアまで、まさに玉石混淆といった有り様でしたが、その中でも代表的なのが「アルカンタイガーベスト」として知られるM91タクティカルベストです。



実際にはセルビア義勇親衛隊(=アルカンの虎)だけでなくVRS全軍に広く普及している装備品でした。
当時最新のトレンドを十分に取り入れた現代的なベストで、後にはコソヴォ紛争でも連邦軍やセルビア警察特殊部隊、民兵などによる着用例があります。



内戦初期に一般的だったのは、M77ハーフコート改造アサルトベストです。



このベストはスルプスカ共和国軍の創意ではなく、古くはクロアチア内戦初期最大の激戦、1991年のヴコヴァル包囲戦でユーゴスラヴィア人民軍により近似の改造品着用例が確認されています。

Balkan Wars Living History Group著
セルビやんこと林鳥巣訳




■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込はリンク先メールアドレスまで。
お待ちしております!  

Posted by セルビやん at 00:53Comments(2)スルプスカ共和国個人装備

2013年07月17日

ナニコレ珍弾帯 -アルバニア軍チェストリグ番外編

今回はちょっとしたウッカリの話です。
先日某所にてアルバニア軍チェストリグ!?と思しきコットン製の弾帯を衝動買いしたのですが・・・



家に持ち帰って改めてしげしげ眺めてみたところ・・・どうも違う。


以前にも御紹介したアルバニア軍チェストリグ(※使用例写真にて検証済みの真物)はこちら。
全然似てない。
アルバニア軍やコソボ解放軍の画像を検索してみても、私が以前入手したのと同様のタイプについては使用例がいくつか引っかかるものの、今回入手の物の同型は見当たりません。


比較対象として中国軍の五六式弾帯画像も貼っておきます。
やはり異なる。
ではどこがどう違っていて何処が似ているか。


ショルダーストラップ胸側基部。


ショルダーストラップ脇側基部。

【謎チェスト】
・AKマグポーチ×3
・小ポーチ×2
・ショルダーストラップ脇側基部に非鉄金属(亜鉛?)のベルトバックル
・エジプト軍マアディ自動小銃スリング近似の濃緑ショルダースリング
・ウエストストラップが細い
・ショルダー/ウエストともにストラップ生地の基部は本体の中に縫いこまれており着用感良好
・薄手で中国軍のものとは似ても似つかない柔らかい生地
・フラップは四角く縁取りがない、細長く黒いプラスチックのトグルボタン。操作感覚はRD54に近い
・マグポーチ底補強部分の被りが浅く強度に難点
・入手先:不明、売主にも知識なし
・重量約280g

【アルバニアチェスト】
・AKマグポーチ×3
・小ポーチ×4
・中央部ショルダーストラップ基部に長方形ステンレス製ループ
・鉄製ベルトバックル
・胸側、脇側ともにショルダーストラップ基部が完全に露出しているため、着用感が悪く長期着用時は身体に擦過傷が出来る恐れ
・ウエストストラップが細い
・粗末な劣化版P44風の非常に柔らかいコットン生地
・フラップは丸みを帯びており形状のみ五六式近似、しかし縁取りもなく脆弱。トグルボタンは五六式の物よりやや大きめ、褐色の樹脂製
・マグポーチ底補強部分は中国軍五六式弾帯と同様十分に深いものの布地が柔らかすぎ、強度に難点
・入手先:伝:コソボ紛争時セルビア警官による戦利品、スルプスカ共和国の軍装マニアより入手
・重量約350g

【五六式弾帯】
・AKマグポーチ×3
・小ポーチ×4
・ショルダーストラップ側面基部にDリング
・合皮ベルトループ
・全てのストラップ類基部が本体の生地内側に縫い込まれており、着用感良好
・全体的に前二者より丁寧な縫製、頑丈な分厚いコットン生地
・小ポーチの一部に防水処理が施されている
・マグポーチ底補強部分は被りが深く非常に頑強
・入手先:中田商店様
・重量約480g


・・・ああ・・・そういえば中国って大国だったよね・・・と改めて再確認させられる情けないスペック最下位競争。五六式弾帯つおい

しかしそんなわかりきった繰り言を吐いてもこのチェストリグが正体不明であることに変わりはありません。

生地は柔らかいもののヨーロッパの北朝鮮ことアルバニアの官給チェストリグ生地と比べるとややキメが細かく、やや硬質な手触りです。似てない・・・腰ひもが細いところくらいしか似た箇所がない。
どうして私はこんな謎チェストリグを買ってしまったのでしょうか。

やはり鍵はスリングの形状にあるように思います。
エジプト製のAK用ライフルスリングに似ているということは、中東で製造されたものなのではないか?
例えばイラクとか・・・今後はこの方面で調査を進めてゆきたいと思います。

要するに、何の結果も得られませんでしたあああああああ!!状態でのオチなし駄ブログで今日は済ませちまえという腐れ根性な訳です、すみません。

また進展があれば続きを書くかもしれません。
もし何か心当たりのある方おられましたら、是非コメント欄にて御教授願いたく存じます。  

Posted by セルビやん at 00:27Comments(2)個人装備

2013年05月27日

アルバニア軍チェストリグ考



スルプスカ共和国にいる知人から、アルバニア軍のチェストリグを手に入れることができました。



アルバニア軍やUCK(コソボ解放軍)の写真・映像資料から、「中国軍の五六式弾帯にそっくりだな。トグルボタンも似てるなあ」などと素朴に考えていたのですが・・・



中国軍のがっしりしたキャンバス生地とは似ても似つかない、織りが荒くヨレヨレと柔らかいコットン生地・・・。



第三世界の軍隊でよく見る英軍P58の劣化コピーに近い?印象です。
ミャンマー軍あたりのコットン装備と並べて比較してみたくなります。


裏面には検定印もタグもありません。
ポーチのフラップ裏などくまなく探しましたが、残念ながら全くの無銘のようです。


トグルボタンの特徴も五六式弾帯とは大きく異なることがわかります。
まず材質は木製ではなく樹脂でできています。
仕上げは荒く成形時のバリが残ったまま、コンニャクのような濁った色をしています。
きれいな仕上げの中国製とは対照的ですね。

直径は1cm程度とほぼ同じですが、五六式弾帯のそれが2.6cm程度の長さであるのに対し、アルバニア軍用は3cmとサイズはやや大きめです。

また先の尖った双円錐型の五六式弾帯用に対し、両端が丸い半球になった円柱状とかたちも全く違います。ソ連軍のRD-54やリフチクのフラップに採用されている樹脂製トグルボタンの肥満児Ver.といった印象です。



コソボ紛争の画像を漁ってみると、もっと真っ黒な色やよりOD色のように見えるボタンが使われている場合もあるようです。
後者については単なる写真の発色の違いで、実際には私が入手したのと同じ色の可能性もありますが・・・いくつかバリエーションがあるのかもしれません。



このチェストリグのユーザーは、実はアルバニア人サイドのみに留まりません。



紛争初期、やたらと目立つ青い迷彩服と軍用小火器(ツァスタバM70/M84他)を渡されただけで、満足にアサルトベストもボディーアーマーも支給されず火砲の支援すらないまま現地に派遣され激しい銃撃戦に晒されたユーゴスラビア警察のおまわりさん達は、ベスト類を自作したり、敵であるコソボ解放軍から装備を鹵獲して使っていました。

写真のものは、トグルボタンの色も含め今回入手したものにとても近いタイプですね。

何の因果か日本人ミリオタの手に落ち、これからあろうことかサバイバルゲームやらコスプレ撮影会やらといったお遊びに引き回される運命にあるこのチェストリグも、実はユーゴ(セルビア)側が鹵獲した品とのこと。

そのうちスイス軍やドイツ軍の迷彩服、コソボ解放軍の徽章などを揃えてUCK装備を楽しみたいのはもちろんですが、ユーゴ/セルビア贔屓の筆者としては、まずはいの一番写真と同様M91ブルーリザード迷彩と合わせてユーゴ警察装備に「悪用」したいと思います(笑)。
幸いブーツや手錠以外は必要な装備も既に入手済みですし・・・。

そういえば同じ知人から譲って貰った名札付きのボスニア軍ヘルメットカバーも鹵獲品という話でした。
ボスニア内戦時、スルプスカ共和国軍の兵士として戦闘に参加した彼のお父さんがある山岳地帯でボスニア軍と戦って生還した際、おみやげとして持って帰ったものだそうです。
そちらはかなり生々しく「戦闘の激しさを物語る」状態なので、このブログで御紹介するかどうかはわかりません。機会があればまたそのうちに。



1999年4~6月コシャラの戦いの記録映像(コソボ解放軍サイド)。
NATO軍機による空爆に晒されながらも、ユーゴスラビア連邦軍がコソボ解放軍の攻勢を挫いて勝利した戦闘です。
6:20行進シーン他、アルバニア軍チェストリグが頻出します。
他にもクロアチアやボスニア製のアサルトベストを着ているのがわかりますね。
この動画には登場しませんが、コソボ解放軍を支援していたトルコ軍の官給AK用ベストやブルガリア軍スプリンターカモチェストリグなども着用例が確認されています。
  

Posted by セルビやん at 05:18Comments(0)コソボ個人装備

2013年03月24日

90年代ユーゴスラヴィアMP5用アサルトベスト

以前「着装写真以外うpしないでござる。アイテム単品ネタは自分的にNG」的な発言をした気がしますが、忘れることにします。
詳しい正体は不明・・・というより殆ど何の予備知識もないまま先日つい衝動買いしてしまったのがこちらの装備です。



一見してツァスタバM70用のM97アサルトベストと同系列とわかるデザイン。

・MP5用マガジンポーチ×4
・ツァスタバCZ99専用ホルスター
・同マガジンポーチ×2
・フラッシュバン/スモークグレネード用ポーチ×2(背面)

上記の固定ポーチに加え各部に装備追加用の50mm規格ナイロンテープを備えています。



内務省隷下の対テロ部隊・・・恐らくは特殊警察部隊PJP(ペー・イェー・ペー)の中でもユーゴ製の銃器を用いず専ら外国製の銃器・・・主にH&K製・・・を用いていたとされる作戦集団OPGが用いていた可能性が高いと思われます。

他のPJP部隊(「ムニャ」=閃光部隊やJSO)に比べてOPGは警察一般部隊との接触が少なく、常に隠密行動に徹する謎に包まれた部隊とされており、そのため「霧」部隊という通称を持っていました。

コソヴォ紛争時の戦場写真や報道映像を漁っていると、時折黒いナイロン生地のM97アサルトベスト(ただし、いずれもAK用)に出食わすことがあるものの、そこから先は何も掴めないのが歯がゆいところです。



去年、スルプスカ共和国に住んでいる某ミリタリーマニア氏から「コソヴォ紛争の間PJPはMP5専用のポーチを備えたタクティカルベストを保有しておらず、専らツァスタバM70用のマガジンポーチにMP5のマガジンを入れていた」という証言を得ているものの、当時の戦場写真を見ると揃いのブルーリザード迷彩に身を包んだPJP隊員達は多くの場合ツァスタバM70やM76を携行しており、残念ながら未だに証言の確証は取れていません。



時折「身元不明の謎の人物」などとして俎上に上がるこちらの写真は、空挺徽章を身につけていることや第63空挺旅団戦友会のオリジナルベースボールキャップから同旅団憲兵大隊所属であることが判明しています。



また、こちらのMP5装備例写真も右袖の徽章とM89迷彩の戦闘服から内務省ではなく軍の憲兵であることが明白です。
恐らく憲兵対テロ特殊部隊コブラ中隊の隊員と思われます。

実際にM97アサルトベストの固いフレームが入ったAK用マガジンポーチにMP5マガジンを挿入・引き出しを試みてみると、かなりしっかりとテンションがかかり脱落の心配はなさそうに思えました。
走っている内にマガジンがポーチ内で傾いてしまい、取り出しづらくなるのが難点ですが・・・
ましてや欲張って2本ずつ入れた日には、マグチェンジの際マガジンが引っかかって脱落してしまうのではないかという印象です。
底上げや仕切りの追加など何か工夫をしていたのかもしれませんが、よくわかりません。



一方で最近のSAJ隊員達の画像を観察してみると、私が今回入手したのと同じポーチを備えたMP5用タクティカルベストを装備していることが分かります。

もっともこれらは一見してわかるとおり全て薄弱な根拠に基づく印象論に過ぎず、現時点ではこのタクティカルベストの正体は殆ど全くの不明であると言ってよいでしょう・・・

ユーゴスラヴィアの対テロ部隊装備に詳しい方・着装写真をお持ちの方がおりましたら、是非ともご教授頂きたいところです。

ともあれ、以前からインドアフィールドでのサバイバルゲーム用に欲しかったMP5用の装備をようやく手に入れることが出来ました。
暫くはMP5の電動ガンで無心に遊びたいと思います。

いずれ調べがつき次第ベストに合わせて服からヘルメット迄揃えたいところですが、とりあえずは通常のPJP装備に組み合わせて使用してみようかと。

すっきりしないオチ無しブログですが、今回はこのへんで。
  

Posted by セルビやん at 03:19Comments(0)民警個人装備

2012年06月22日

アルカンの虎(一)/M68迷彩タクティカルベストの正体



去年のクリスマスイヴに参加したコードセブン定例会の様子。

軍装としては余りに不正確であるため今の今まで当ブログでは御紹介せずに置いたが、これとて一応はセルビア義勇親衛隊を想定したコスチューム、でゲームに臨んだ例には違いなく、折角なので掲載してみることにした。

装備リスト
・スルプスカリザードカモコンバットスーツ
・M68迷彩戦時急造タクティカルベスト(ボスニア内戦時) 
・ユーゴ軍レザーベルト(ボスニア内戦時セルビア民兵改造)/同ホルスター
・ユーゴ軍バックルブーツ
・ユーゴスラヴィア連邦軍ODベレー帽
・LCT 電動RPK(※ツァスタバM72代用)

特にこれといって映像や画像による裏付けのある装備例ではない。
個々の装備品自体は(※銃以外)ユーゴスラヴィア紛争内戦時または前に製造された紛うことなき実物ではあるものの、組み合わせにやや難がある。



特にタクティカルベストについては、セルビア義勇親衛隊ではなく、元フランス外人部隊員ミロラド・ウレメクが率いた内務省対テロ特殊部隊「特別任務中隊(通称:レッドベレー)」の装備である可能性がある。年代としては1999年前後ということになる。




このベストについては入手時その正体がわからず、海外のマニア達に聞いて回っても「内戦中おそらくセルビア系民兵向けに製作されたものか、あるいはボスニア軍から鹵獲したもの」という程度の認識だった。
自分自身この写真を撮影した12月の段階ではそのように思っていたのだが、最近偶然にもネット上で下記の画像に巡り合うことができた。



コソヴォ紛争時、特別任務中隊幹部達の画像である。
B92が制作したドキュメンタリー番組からのキャプチャー画像と思われる。
右の人物はドラガン・ヴァシリコヴィッチ、通称「キャプテン・ドラガン」。
元オーストラリアSAS隊員で、クロアチア紛争勃発時にユーゴスラヴィア秘密警察が民兵組織設立のため世界中から集めた、軍事経験を持つ在外セルビア人のひとりである。

" target="_blank">

特殊任務中隊の中でも随一のスナイパーとされた彼は、のちの2003年、親欧米派として売国奴と目されていた時のセルビア政府首相ゾラン・ジンジッチ暗殺の実行犯でもある。
ジンジッチはミロシェビッチ政権時代、秘密警察の暗殺リスト筆頭だった。



武器商人の暗躍を描いた漫画「ヨルムンガンド」は最近アニメ化され話題となっているが、その第5巻に東欧の「悪い民兵の親玉」といった風の悪役として「バルドラ」という粗暴な人物が登場する。
これはジェリコ・ラジュナトヴィッチ(通称:アルカン)がモデルであろう。





彼が率いた民兵集団セルビア義勇親衛隊-別称「アルカンの虎」は1991年にユーゴスラヴィアからの離反を図るクロアチア国内において、セルビア人集住地域の防衛に従事していた多数のセルビア人民兵組織を糾合するかたちで誕生した。



">

その後1995年までクロアチア紛争およびボスニア紛争を戦ってのち発展的解散、内務省特殊部隊「特殊任務中隊」として生まれ変わる。「アルカンの虎」に合流したウォー・ロードの一人M・ウレメクが隊長に任命された。
コソヴォ紛争では軍や警察特殊部隊、民兵組織とともにコソヴォ解放軍との戦いに参加したが、此処でも戦争犯罪への関与が指摘されている。
対テロ特殊部隊とはいえ、民兵と犯罪集団から成る特殊任務中隊は、内戦終結後セルビア国内で首相暗殺という一大テロを決行するに及び、ついに解散させられた。  

Posted by セルビやん at 05:16Comments(0)スルプスカ共和国個人装備

2011年12月14日

コソヴォ戦時M93迷彩試作タクティカルベスト



またデザートストーム川越の定例会に参加させて頂いた。
今回は「1999年製ユーゴスラビア軍M93迷彩名称不明試作タクティカルベスト」・・・という大珍品を入手したところだったので、ゲームでの迷彩効果は無視して早速投入。




・AK用シングルマガジンポーチ×4
・ハンドガン用シングルマガジンポーチ×2
・バラ弾ポーチ×1
・グレネードポーチ×4
・包帯ポーチ×1
・コンパスポーチ×1
・ラジオポーチ×1

・背面「NATO式(※米軍TYPE)」水筒用水筒ポーチ×1
・背面信号拳銃用ホルスター×1
・背嚢連結用ストラップ
・背面装備追加用ALICE対応テープ

品質自体はとても高い。
が、後身のM99ベストとは異なりポーチはほぼ全て固定で、背面右の信号拳銃用ホルスターなど実用性に疑問符のつく箇所もある。
ただ前面のマガジンポーチや包帯・無線ポーチなどは何れも使いやすい配置で、サバイバルゲームで使う分にはとても良い装備だ。
携行可能な弾倉が4本120発と少ないのは、後身と同じ。

背面にはショベルケースが付いていないため、恐らく背面のALICEテープに必要に応じて追加するものと思われる。

恥ずかしながら、正直このベストの詳細は不明だ。
実験を担当したチームはある特別旅団に属する小隊だとのことだが、その部隊名すら現段階では分からない。

なお頭に被っているM93ブッシュハットは狩猟用のものだ。
両サイドにつばを留めるためのドットボタンが配置されている。
この他にもより簡易なショートリムブッシュハットが存在するが、何れも民生品だ。
ただし特殊部隊や民兵(スルプスカ共和国軍や、コソボ紛争時のセルビア側の民兵組織やロシア人義勇兵)には着用例が見られる。

実際にはM93迷彩の戦闘服を着ていても、米軍式のブッシュハットを着用する場合の方が一般的だと思うので正規軍の軍装に使うのはあまりお奨め出来ない。
だが、M89/93迷彩に装備ベルトとツァスタバM70用マグポーチのみでひょろっと民兵装備を楽しみたいという方にはお奨めである。

クロアチア紛争及びボスニア紛争時には、M68迷彩服及び同迷彩テントシートの生地を用いて、上で取り上げたブッシュハットだけではなくベスト・チェストリグなど多くの装備がボスニア軍・スルプスカ軍両陣営によって多数製作され、実際に使用された。

以前からこうした戦時急造の装備品入手を画策はしていたものの、何処にも見つからずただ資料画像や動画を指を咥えて見ている他なかったのだが・・・実は、先日たいへんなものを入手してしまった。

今週末のビクトリーショーでお見せしたいと思う。

【第63回ビクトリーショー概要】
http://www.sams-militariya.com/l.html  

2011年07月09日

クロアチア軍アサルトベスト



正式名称は存じませんが、クロアチア軍のアサルトベストです。
どっかで見たようなカタチですね。
ポーチのフラップは全てベルクロなので使いやすいです。


主にAKかM16の30連弾倉を携行するためのベストですが、詳細については高部正樹先生の関連著作をお読みください(丸投げ)。


2年前までは簡単に入手できたのですが、何故かこのところ全然見かけなくなってしまいましたね。


個人的に一番カッコイイと思う装備例。
PAP M59(※ユーゴ版SKS)用弾のうを腰に吊るせるだけ吊るしています。
自動車化されていて、余りあれこれ持たなくて済む部隊の兵隊さんなんでしょうか。
攻撃的で、美しいですね。


クロアチア軍の背嚢もベストも手放してしまってから、ワッペンばかり好き放題入手出来るようになってしまいました。
悔やんでも後の祭りです。

さて、明日はサバゲなのでこの辺で。
MUP装備でバッチリ決めたいところですが、先日ベネリM3(使ってるんですよ)を和諧してしまったのでインドアで使えそうな銃はMP5A4しか持っていません。
そしてMP5用のマグポーチは持っていないという・・・欲しいなあ、セルビア製SMGアサルトベスト。
面倒臭かったらRPK引っ張り出したいと思います(本末転倒)。
M70(ユーゴ版AK)用マグポーチなら持っているので、面倒臭くなったらM72の代用としてRPKを持ち出すかもしれません。
さらに面倒臭くなったらODサバゲツナギにコソヴォ防衛軍のワッペンをくっつけた適当コソヴォ装備で誤魔化したいと思います。
こうなるとギアは中国軍五六式弾帯ひとつです。ひどい。ビンボ臭い。
大好きですけどね、五六式弾帯(笑)。

ともあれ、次のエントリのネタになるくらいの写真が撮ってこれたら嬉しいです。
・・・フィールドが、それはもうウィザードリィ外伝4並に【純和風?】らしいので、背景や演出の質については確約致しかねますが(笑)。
  

Posted by セルビやん at 21:45Comments(0)クロアチア個人装備

2011年07月08日

ユーゴスラビア軍M59/85スチールヘルメット



前回に引き続き、ヘルメットネタで。
ユーゴスラビア軍M59/85スチールヘルメットです。
こちらも内戦中に使用された中古品。
「空軍及び防空軍」のヘルメットデカールが貼り付けられていますが、やはりその下には元来赤星のペイントが施されていたと思われます。

たまに赤星のペイントもヘルメットデカールも何もついていない、ただの素っ裸の個体も出てくることがありますので絶対とは言い切れませんが、勿体無いのでいちいち引き剥がして確認はしません(笑)。

サバゲーに使われる方も、別に防空軍のデカールが付いていたところで「オラNATOの侵略者どもの爆撃機ブチ墜とそうちう対空ミサイルの横っちょで警備してただけだっちうに やんだもう何か変な武装勢力が襲ってきただ とりあえずぬっ殺すべぇ」くらいに考えておけば何の問題もないかと(酷い説明)。


きれいなものですな。
前後がすぐわかるように、ライナーに矢印が書きこんであります。
間違えて怒られたことでもあるのでしょうか?
形状としてはフリッツヘルメット近似なので、そんなに前後を間違いやすいとも思えませんが・・・切り欠きが浅いから分りづらいのかな?

ライナーの仕様はM59/85ヘルメットもM89ヘルメットも共通です。
2点なのでサバゲで使うとチンストがズレます。
チンストくらい3点にアップデートしろよ、と思いますが、ソ連のM68スチールヘルメットと違ってライナーなしでも頭が痛くならない分まだかなりマシだと思います。




ODツナギのスルプスカ兵がとてもイケメンスマイルですね。
他方左のユーゴ兵は装甲車の後ろでマジビビリです。
敵近いですね。
M98アサルトベストを着ているので、アルバニア人勢力との戦闘だと思います。
どの局面かは忘れました。

右下はどっかのセルビア人武装勢力のおっさんですね。
グラサンベレーの若いのは何だかわかりませんが、おっさんは将校用の斜皮吊っててエラそうですね。


サバイバルゲームの装備としてはヘルメットなんか基本的には要らないワケですが、昔一度だけ命拾いしたことがあります。
勢い良く躓いて、むき出しになった鉄骨の突端に真正面から頭をぶつけてしまったのです。
チェコ軍のスチールヘルメットをかぶっていたので、一瞬気絶しただけで済んだのですが、唯の帽子だったら死んでいたと思います。

廃虚フィールドで遊ぶときは、この手の保護具もあった方がいいかも知れませんね。