2015年06月13日

ボスニア軍装基本のキ!(二)US「M81」ウッドランドカモ及び派生型

■1 ARBiHの軍服

zatta

ボスニア内戦(1992~1995)における他の軍事勢力と比較して、ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国軍(以下ARBiHと略称)の軍装は時期と地域を問わずきわめて雑多なものでした。

その成り立ちからして企業・自治体が地域防衛隊単位で設立した民兵集団や犯罪組織、地域の実力者による私兵集団・人民軍からの脱走兵等々をボスニア戦時政府が糾合して創設されたARBiHは、武装の相当部分を諸外国からの密輸及びクロアチアの支援に依存していました。

当然その軍服もこうした事情を如実に反映しており、欧米各国のサープラス品、クロアチア製ウッドランド迷彩、幾ばくかの旧ユーゴスラヴィア人民軍からの鹵獲品、そして独自に製造された雑多で珍妙な各種の迷彩戦闘服がごちゃ混ぜに着用されていました。

そのため今回は、以前投稿したスルプスカ共和国軍軍装ガイドと比較して更に多くの迷彩服とその派生型について解説する必要があります。

「ボスニア199X」に参加予定の皆様をはじめボスニア軍装に興味をお持ちの皆様、暫しお付き合い下さい。

それでは、まず定番のウッドランド迷彩から始めましょう。


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2 US「M81」ウッドランドカモとその派生型及び海賊版

ARBiHが着用した軍服の大半は米軍「M81」ウッドランド迷彩と、様々な色調・パターンを持つ無数の外国製派生型によって占められていました。

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一例を挙げると、クロアチア及びボスニア製のウッドランド迷彩はブラウン及びタンカラーが強く、それでいて全体的にやや暗くくすんだ色調を持つ傾向があります。

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まとまりませんが、同軍装備再現にあたっては代用や未確認の派生型まで念頭に入れれば、韓国製やパキスタン製などこの時代に存在した殆どのウッドランド迷彩服及びその同型品を着用して差し支えないものと思われます。


  

2015年06月13日

ボスニア軍装基本のキ!(一)~ボスニア紛争92-95~

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■前文

地球上にかつて数多巻き起こった内戦のご多分に漏れず、ユーゴスラヴィア崩壊後の破壊的な局面にあっては正確には把握できないほど多様な軍服と個人装備が混用されました。

僅か20数年前の出来事であるにも関わらず、ユーゴ紛争における英語ベースの軍装知識は常に不完全なものにとどまり、戦場を写した記録映像も不鮮明で、世界中の軍装マニアの大半は一体何が何であるのか明確に知ることのできないまま今日に至ります。
ユーゴスラヴィアにおける軍服・個人装備は西側とも東側とも異なる特徴を持ち、或いはどちらの特徴をも兼ね備えた独特のものです。

この章に於いては、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国軍(以後ARBiHと表記する)将兵の間で広く使用されていた軍服と装備の代表例を紹介し、彼らがそうした軍装品をどのように組み合わせて着装していたのかについて読者の皆さんにわかりやすく説明していきたいと思います。

尚本ブログは様々な民族と政治の対立が巻き起こした地域紛争を言及の対象とはしていますが、政治的な動機には基づかず、あくまで純粋にユーゴスラヴィア内戦の軍装についての学習を目的とします。

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― 目次 ―

前文

■1 ARBiHの軍服

2 US「M81」ウッドランドカモとその派生型及び海賊版
3 MOL 「枝」迷彩
4 社会主義ユーゴ及びスルプスカ共和国軍リザード迷彩

■より一般的でない迷彩着用例

5 ビハチ「フロッグスキン」迷彩
6 第2「フロッグスキン」迷彩派生型
7 ローカルメイド「汚れ」迷彩
8 その他諸外国の軍服
9 ブルガリア「スプリンター」迷彩
10 東独レインドロップ迷彩
11 西ドイツOD野戦服
12 オーストリア軍ピーカモ
13 スロベニアM91迷彩
14 ドイツ連邦軍フレクターン迷彩
15 ギリシャリザード迷彩
16 MOZ冬季迷彩
17 ARBiHの個人装備
18 ベストと野戦装備
19 ブーツほか靴類





Balkan Wars Living History Group 著

セルビやんこと林鳥巣 編訳 






■ちなみに

今年2015年11月に開催予定のヒストリカルゲームボスニア199X、参加者募集中です。
お問い合わせ・参加のお申込は以下メールアドレスまで。
yugowar199xアットマークgmail.com ※アットマークを@に変えて送信お願いします。
タイトルは「ボスニア199X:参加希望」とお書きください。  

2015年05月06日

セルビア軍装基本のキ!(十二)VRSの個人携行火器

M70

スルプスカ軍装を楽しむに当って、適正な個人携行兵器の選択は常にリエナクターや軍装サバゲーマーの頭を悩ませる問題です。
敵対する他の勢力に比べると、VRSは外国製兵器の装備比率が極端に低く、多くの場合純粋に人民軍から供給された国産兵器のみを使用していたからです。

M70

しかし、LCTの電動ガンを比較的安価に購入可能なわれわれ日本のリエナクターは(※実銃ベースのプロップガン所持が不可能な国の中では)その点恵まれているといえるでしょう。
今年に入り、台湾のエアガンメーカーLCT AIRSOFTはM70AB2タイプの電動ガンを発売しました。
何点か細部にディテールの甘さはあるものの、長年我々が待ち望んだ夢のアイテムであることは間違いありません。
万難を排して入手することをおすすめします。

ユーゴ版カラシニコフ、人民軍の制式小銃M70自動小銃は、まさしくユーゴ内戦における軍装の全ての基本です。

M70には幾つかの派生型が存在し、中でも最も大量に生産されたのがM70AB2とM70B1です。
M70AB2はスチール製アンダーフォールディングストックを備えたカービンタイプ、M70B1は固定木製ストックを備えたフルレングスのアサルトライフルでした。鍛造レシーバーの初期型M70や、より旧式のM64自動小銃とその派生型も内戦では使用されています。

papovka

ユーゴ版のSKSであるM59/66半自動小銃も使用されましたが、M70などAK系の自動小銃に比べれば少数でした。

M84

VRSほぼ全軍で使用された制式軽機関銃乃至分隊支援火器がM72軽機関銃とM84汎用機関銃です。
M72はユーゴ版のRPK、M84はPKMですが、バレルやフラッシュハイダー、ストックなどに原型となったソ連製とは異なる特徴を持つ銃器でした。



また、ドイツ軍MG42のコピー品であるM53シャラツも汎用機関銃として広く用いられていました。



狙撃銃としては多種多様なハンティングライフルに加え、ザスタヴァM48をはじめとする各種モーゼルKar98系統の軍用ボルトアクションライフルにスコープをマウントしたものの他、ザスタヴァM76/M77半自動小銃がありました。

拳銃はユーゴ製を中心に様々なタイプのものが存在しましたが主流はユーゴ版トカレフ、ザスタヴァM57でした。
また小型拳銃M70Aや、チェコスロバキア製の小型短機関銃Vz61スコーピオンとそのユーゴ版コピーであるザスタヴァM84も時折サイドアームとして使用されました。



対戦車火器としてはM80ゾーリャ使い捨て対戦車ロケット弾、大型のM79オサ対戦車ロケットランチャー、パンツァーファウストの発展型であるRB M57などが使用されていました。
対戦車地雷や対戦車手榴弾も、外国製を含め多種多様なものが使用されていました。

上記の銃器で、特に大きな改造なしに(少なくとも代用品としては)選んでも差し支えない、サバイバルゲームで実用可能なエアーガンがモデルアップされているのはザスタヴァM70(LCT)、Kar98K(タナカ他各社)、MG42(松栄、S&T)、M57(TT-33。KSC他)、Vz61(マルイ、KSC他)でしょう。


しかし、ユーゴ軍装のためだけに何万円もするエアーガンを新しく揃えるのはたいへんだという人もいるでしょう。
上記以外にも、かならずしも一般的とは言えないものの一応は受容できる、という範囲の銃器がいくつか有ります。

thompson

ミルコーMGL40mmグレネードランチャーや国産のザスタヴァM56短機関銃はモデルアップされていないので論外として、ユーゴスラヴィア人民軍で後備兵器として備蓄されていたM41(PPSh-41)やMP-40、トンプソン、また鹵獲したルーマニア製AIM/AIMSなどは、既にトイガンをお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

AIM

AIMSはCYMA社から安価なモデルも発売されており、他の軍装ジャンル(もちろん大抵は第三世界の軍隊か民兵集団に限られますが)にも応用できるので、軍装初心者には特におすすめできる選択肢と言えます。



PHSなどWW2関連のイベントに出入りしている皆さんは何かしら二次大戦時の小銃や短機関銃タイプのエアーガンやモデルガン、無可動実銃をお持ちでしょうから、それらのアイテムを活用されるとよいと思います。

手榴弾としてはM75及びM52グレネードがあり、それぞれM75はパイナップル型のグレネードBBボトル(※Mk2よりも丸い形状のものを探しましょう)、M50乃至52はM26A1型のグレネードBBボトルが安価でおすすめです。ただし、レバーの形状など異なる点もあります。
ユーゴはソ連製RKG-3のコピー品も生産していたため、そのレプリカを購入するのもよいでしょう。

ライフルグレネードも同じく入手困難ですが、アダプターについてはLCT社製レプリカがフラッシュハイダーとして販売されています。

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(※写真は訳者らによる仮装例です)

・おわりに

読者の皆さんは、当ブログ記事内はもちろん、海外の画像掲示板やYouTubeの動画、雑誌などで様々な個人装備を身につけたスルプスカ共和国軍兵士たちの写真を目にしてきたと思います。

装備を厳格に統制している一部の精鋭部隊を除けば、率直に言って個々人の軍装例の細かい違いに具体的な意味を見出すのは極めて困難です。

マガジンポーチは右につけるのか左につけるのか?
ベルトはどのくらい締めて、どんな種類のパーツをいくつ身に付けたらよいのか。
写真や動画で実例を観察したり、実際に身に付けてサバイバルゲームに出かけたりして、自己流のアレンジを楽しんで下さい。

一連のエントリーが、少しでも皆さんの軍装コレクションの助けになれば幸いです。


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・奥付

Balkan Wars Living History Group 著

林撫腔こと林鳥巣 編訳 



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Posted by セルビやん at 19:05Comments(0)兵器スルプスカ共和国

2015年05月06日

セルビア軍装基本のキ!(十一)VRSの個人装備



VRSの兵士たちが身につけていた個人装備は一般に製造元も素材もばらばらで、非常に雑多な上多くの場合かなり凝った個人改造が施されていました。

leather

1992年内戦勃発時には人民軍の残置した旧式の革製ウェブベルトと各種ポーチから成る革製装備が主体でしたが、1995年終戦までにはナイロン製へと更新されてゆきました。



時には米国製のALICEベルトが使用されることもあったようです。



将校達は好んでユーゴ時代と同様のサムブラウンベルトを巻いていました。
もっとも、画像のように邪魔な斜革は付けずに済ます場合も多かったようです。



当初はこれらベルトとサスペンダー、各種ポーチを組み合わせたサスペンダーキットが主流でしたが、戦争が長引くにしたがってアサルトベストやチェストリグなどより実戦的な装備へと更新されてゆきます。

overall

とにかくさまざまな職人や工場がてんで勝手に装備を製作していたため、これらの戦時製造個人装具は殆ど品質管理そのものが存在しない粗悪品から素晴らしく現代的且つ頑丈なタクティカルギアまで、まさに玉石混淆といった有り様でしたが、その中でも代表的なのが「アルカンタイガーベスト」として知られるM91タクティカルベストです。



実際にはセルビア義勇親衛隊(=アルカンの虎)だけでなくVRS全軍に広く普及している装備品でした。
当時最新のトレンドを十分に取り入れた現代的なベストで、後にはコソヴォ紛争でも連邦軍やセルビア警察特殊部隊、民兵などによる着用例があります。



内戦初期に一般的だったのは、M77ハーフコート改造アサルトベストです。



このベストはスルプスカ共和国軍の創意ではなく、古くはクロアチア内戦初期最大の激戦、1991年のヴコヴァル包囲戦でユーゴスラヴィア人民軍により近似の改造品着用例が確認されています。

Balkan Wars Living History Group著
セルビやんこと林鳥巣訳




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Posted by セルビやん at 00:53Comments(2)スルプスカ共和国個人装備

2015年05月05日

セルビア軍装基本のキ!(十)パルカと冬服

trench

夏でも平均気温20度前後、冬は氷点下の寒さとなるボスニア・ヘルツェゴヴィナ。

zima

戦場の厳しい寒さを凌ぐため、ボスニア内戦の兵士たちは実に多用な種類のパルカ(ハーフコート)を着用しました。

montenegrin

最も一般的だったのはM77ハーフコートです。



脱着可能なキルティングライナーとフードを備えた冷戦後期型の冬服で、内戦勃発前からユーゴスラヴィア人民軍の制式装備としてユーゴ全土に広く普及していました。

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将校は多くの場合より新型で軽く温かく迷彩柄のM89オークリーフ迷彩ハーフコートを着用していました。

generala

M89裁断のハーフコートはのちにリザード迷彩のタイプも製造されるようになり、防寒服としては最も好まれる選択肢となってゆきます。



重厚なM55ウールコートとその派生型も極めて一般的だった為、迷彩柄ばかりの中でよりクラシックな出で立ちを誇りたいリエナクターにはおすすめです。



冬物を選ぶ際に注意すべきは、ジャケット同様M89ハーフコートとM93ハーフコートは全く別物であるという点でしょう。
M89ハーフコートには、M93のような胸ポケットはありません。

sniper

内戦の全期間を通じて、兵士たちは様々に工夫を凝らして重ね着をしました。

dwarf

セーターやフリースなど、手に入るものなら軍用でも凝った装飾の民生品でも何でもです。
既存の戦闘服にファーやフリース、キルティングのライナーを取り付ける改造も広く行われていました。

Balkan Wars Living History GroupY著
セルビやんこと林鳥巣訳


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Posted by セルビやん at 22:28Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年05月05日

セルビア軍装基本のキ!(九)単色野戦服



スルプスカ共和国軍においてユーゴスラヴィア人民軍の軍服が広く普及していた事は、このエントリーを御覧の方であれば誰もが知る事実でしょう。

92

1992年ボスニア撤退時、人民軍はスルプスカ共和国の友人達のためセルビアに引き上げたのよりも遥かに多くの装備を残していきました。

M77


最も一般的であったのがシャツとズボン(※=人民軍の軍服規定における夏季軍装の基本構成要素)で、次いでパルカやジャケットが一般的でした。

wool

初期には重く分厚い1950年代のウール野戦服やオーバーコートも見られましたが、これらは予備役から成るユーゴスラヴィア地域防衛隊軍事部門出身の兵士達が着用していたものです。




一般的に言ってこうしたユーゴスラヴィア人民軍の各種旧式軍装品は、例えそれが1940年代のものであろうが冷戦末期のものであろうが、どのボスニア・リエナクメントでも必ず登場するべき必須の要素であり、スルプスカ共和国軍及びボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国軍の軍装を再現する際にはたいへん有用なアイテムであると言ってよいでしょう。




ただしスルプスカ共和国軍は(※当時の西側メディアが彼らを人民軍/連邦軍と混同しようがしまいが)明確に民族主義の立場を取っていたことを忘れてはなりません。多くのスルプスカ軍人は、セルビアの友人たちが残していった軍装品から赤い星その他かつて親しんだ社会主義のシンボルをそっくり除去してしまいました。

Balkan Wars Living History Group著
セルビやんこと林鳥巣訳


(※映像や写真で見る限り、砲兵の場合は戦争末期になっても迷彩服ではなく単色の野戦服を継続使用する割合が高かったように思われます)


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2015年05月04日

セルビア軍装基本のキ!(八)M58「山岳」迷彩

rock


M68迷彩に先立つこと(※少なくとも公式には)10年、1958年にユーゴスラヴィア人民軍で導入された迷彩オーバースーツがM58「山岳」迷彩です。
迷彩マニアの間ではほかに砂地迷彩・岩迷彩などとも呼ばれています。


(※2:31~)

日本では映画「エネミー・ライン」終盤に登場するスナイパーが着用していたことで知られています(※というか、それ以外の場では殆ど何の認識もされていないと思いますが)。

1950年代と古い時代の迷彩であるにも関わらず、ユーゴスラヴィアの多くの地形で高い迷彩効果を発揮する迷彩柄です。
勿論ボスニア・ヘルツェゴヴィナもその例外ではなく、90年代内戦時には陣営を問わず使用されました。

因みに、俗に「ユーゴ最初の迷彩」とも言われていますが(※セルビア語やクロアチア語話者ですらそう思い込んでいることがある)、そんなことはありません。
実際にはこのM58迷彩以前にも幾つかの迷彩服が導入されており、中には外国製ではなくちゃんと国産のものもあります。

とはいえ今回のシリーズはどれも迷彩そのものではなく、あくまでボスニア紛争リエナクトでの装備選びのためのメモです。
余計なウンチクはこの辺にしておきます。

Balkan Wars Living History Group著
セルビやんこと林鳥巣訳


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Posted by セルビやん at 23:30Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年05月04日

セルビア軍装基本のキ!(七)ブタン迷彩

7.ブタン迷彩

overall

戦闘ツナギはVRSの代表的戦闘服のひとつで、主に自動車化歩兵部隊を中心に広く実戦で使用されていました。

bhutan

これらの戦闘ツナギは大半がリザード迷彩柄を採用していましたが、一部にはソ連製TTsKO迷彩(ブタン迷彩)の現地コピー品も見られます。



VRSの戦闘ツナギには非常に多くの種類が存在しますが、ジッパーフロントで裾口にゴム留めがあるタイプ、VRSが用いる通常の迷彩ジャケットに近い、米軍M65近似の大きな胸ポケットを備えたタイプの二種類に大別できます。


・・・ブタン迷彩というより戦闘ツナギについての解説になってますね。
要するにこの迷彩もセルビアDPM同様あまりはっきりとは正体がわかっていない迷彩ということなのかもしれません。
あくまでこの一連のシリーズは「スルプスカ共和国軍の軍装には、こういうものもあるよ」という紹介程度の内容だと思って下さい。

因みにこのブタン迷彩はクライナ・セルビア人軍でも使用例がありますが、どの被服もソ連製の軍服とは似ても似つかないアイテムです。
ソ連製のブタン迷彩服をボスニア・クロアチア紛争に流用するのは基本的にNGだと思って下さい。
もしそうしたいなら、ロシア義勇兵の実際の着用写真をがんばって探すしかないと思います。

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2015年05月03日

セルビア軍装基本のキ!(六) セルビアDPM迷彩




セルビアDPMもまたVRS独特の謎めいた迷彩のひとつです。
この迷彩服が何処から来たのか、未だ正確な由来は判っていません。

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柄・色味・裁断ほか無数のパターンが存在し、この迷彩生地を用いて様々なアイテムが製作されました。

はっきりしていることは、この迷彩が1992年VRS内に自費で購入できるPX品として流通し始めたということだけです。
どの派生型も基本的には英軍初期型DPMやオランダ軍DPM迷彩をそのまま模倣したものか、それをやや色あせ青緑がかった色味に染めたものでした。

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Balkan Wars Living History Group著
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2015年05月03日

セルビア軍装基本のキ!(五)MOLパームツリー迷彩

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5. MOLパームツリー迷彩

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MOL(=夏季2ピース迷彩服)パームツリー迷彩はユーゴ内戦全ての交戦勢力において特異な地位を占めている迷彩です。

MOL

内戦前は専ら野戦天幕や狙撃手、国境警備隊、特殊部隊向けに支給された迷彩オーバースーツにのみ採用されていました。

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しかし内戦が始まると、どの陣営もこれらの迷彩天幕や迷彩オーバースーツを切り刻んで、より広範な種類にわたる別の装備品へと作り変えてしまうようになります。ハトメがつきっぱなしの野戦天幕製ズボンすら、そう珍しいものではありませんでした。

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比較的装備に恵まれていたスルプスカ共和国軍においては主敵たるボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国軍(※以後ARBiHと略称します)ほど多用されることはありませんでしたが、それでもヘルメットカバーやホルスター、チェストリグなどの小物類、それに元地域防衛隊(※以後TOと呼称します)並びに義勇兵から成る民兵部隊ではしばしば使用例が確認できます。




入手難易度が比較的低い割にはその一見して派手な色柄から迷彩効果が疑問視され、サバゲーマーには不人気なアイテムですね。
シダ類の下草など黄色く変色する植物が多いので、ユーゴの植生にはそれなりに適合した迷彩パターンなのですが。



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2015年05月03日

セルビア軍装基本のキ!(四)USウッドランド迷彩




4.USウッドランド迷彩

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アメリカ軍のM81ウッドランド迷彩もコピー品が多数使用されており、これも「着用して差し支えない」という程度にはお奨めできます。

ウッドランド迷彩は、将校と兵士とを問わずVRS軍人にとってはちょっとしたステータスとなるアイテムでした。
着用者は内戦により崩壊状態にあったユーゴスラビア経済下ですら貴重な輸入品を購入できるお金持ちか、あるいは最前線で敵を殺害した勇者として見られたのです!




スルプスカ共和国やクロアチアで製造されたコピー品よりも、本物の米国製ウッドランドが珍重されたのは言うまでもありません。
一部のVRS軍人は米国をはじめ諸外国に居住する家族や親戚から仕送りとしてこの「お宝」を受け取り、あるいは少々懐を暖めたくなった前所有者から購入しました。

またこれは余談ですが、迷彩だけではなくオリーブドラブ色のM65ジャケットもまた着用例が確認されています。
中には米軍の徽章がついたままになっているものも見受けられました。
内戦に陥る前も後も、ユーゴスラビアは米国など西側の映画を自由に見られる国家でした。
着用者の中には、かつて平和だった時代に映画館で観た「ランボー」や「タクシードライバー」の主人公になりきる者もいたかもしれません。

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Posted by セルビやん at 21:56Comments(0)スルプスカ共和国

2015年05月03日

セルビア軍装基本のキ!(三)セルビアタイガー/リザード迷彩

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3.セルビアタイガー/リザード迷彩



M89迷彩に次いで使用例が多く認められる迷彩が通称「セルビアリザード迷彩」です。
社会主義時代のユーゴスラヴィアで内務省系統の治安部隊向けに支給されていた迷彩を源流としてスルプスカ共和国が独自に製造していた国産品で、色・柄・裁断ともに無数の派生型が存在しました。

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野戦天幕、戦闘ツナギ、ジャケット、トラウザーズ、ショートパンツ、シャツ、そしてハーフコート他ありとあらゆる種類の被服が製造・使用されています。

ボスニア内戦後期には米軍M65ジャケットを模倣した4ポケットタイプの派生型が製造されるようになりましたが、初期にはよりM89ハーフコートに近い裁断が主流でした。しかしながらM65型とは別に、初期にもユーゴ内務省の官給ジャケットに由来する初期型4ポケットタイプも存在します。




誤解を恐れずに言えば、このセルビアリザード迷彩はボスニア紛争で多数が使用された一方で日本国内における流通量は極めて限られているため、例え他の迷彩服との混用であっても他のリザード迷彩を所有していないスルプスカ軍装趣味者に蒐集レベルの差を明白に見せつける指標となるアイテムとも言えます。




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Posted by セルビやん at 18:03Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年05月03日

セルビア軍装基本のキ!(二)M89オークリーフ迷彩

M89

2.M89オークリーフ迷彩

最も代表的且つ現在日本国内でも入手の容易な迷彩服は、なんといってもM89カモジャケットでしょう。
セルビアリザード迷彩(※この迷彩服については後ほど別途説明します)の上にこの人民軍残置M89カモジャケットを羽織った姿は、ボスニア紛争の全期間を通じて極めて広汎に見られる軍装例です。

元兵士達の証言によれば、多くのVRS兵士達はM89カモジャケットを無償で支給され、リザード迷彩服は自弁で購入していました。
紛争後期になるとリザード迷彩がより普及し、M89迷彩の出番は少なくなったものの、終戦後も継続して使用されることとなります。

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注意すべきは、M89タイプのジャケットをコソヴォ紛争(1998~1999)期に広く使われた「M93カモジャケット」と混同してはいけないという点です。
ユーゴスラヴィア連邦国で1993年に生産が開始されたこのジャケットはボスニア及びクロアチア紛争においては着用例が極めて少なく、結論から言えば両紛争の軍装再現には全く場違いなアイテムです。

上図は、M89タイプのジャケットとM93ジャケットのちがいを表したものです。
左の迷彩服がM89、右がM93となります。
裁断やポケットの位置・種類など、全く違う特徴を持った軍服であることがわかります。

迷彩柄の細かい色味の違いも非常に重要です。
1996年以前に製造されたロットを選ぶのが最も正しい選択であるといえるでしょう。
M89裁断のカモジャケットは2000年代初頭に入っても多数が生産され続け、迷彩パターンは毎年変更されました。

初期のM89迷彩は茶色が強く、時代が下るにつれてより青緑色がかった色合いへと変化してゆきました。

NOTM93

ユーゴスラヴィア連邦軍が残置・製造供与したものとは別に、スルプスカ共和国領内のセルビア人達も自力で同じ迷彩柄で米軍M65ジャケットを模倣した裁断の迷彩服や、裏地にボアのついた傍観ベストも独自に製造していました。

M89迷彩服にはトラウザーズも存在しますが、もちろん上下ともに時代考証に適合する正しい迷彩柄で揃えるべきなのは言うまでもありません。
同迷彩柄のハーフコートについては別項で述べます。



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2015年05月03日

セルビア軍装基本のキ!(一) ~ボスニア紛争92-95~

koridor



■前文

地球上にかつて数多巻き起こった内戦のご多分に漏れず、ユーゴスラヴィア崩壊後の破壊的な局面にあっては正確には把握できないほど多様な軍服と個人装備が混用されました。

僅か20数年前の出来事であるにも関わらず、ユーゴ紛争における英語ベースの軍装知識は常に不完全なものにとどまり、戦場を写した記録映像も不鮮明で、世界中の軍装マニアの大半は一体何が何であるのか明確に知ることのできないまま今日に至ります。
ユーゴスラヴィアにおける軍服・個人装備は西側とも東側とも異なる特徴を持ち、或いはどちらの特徴をも兼ね備えた独特のものです。

この章に於いては、スルプスカ共和国軍(以後VRSと表記する)将兵の間で広く使用されていた軍服と装備の代表例を紹介し、彼らがそうした軍装品をどのように組み合わせて着装していたのかについて読者の皆さんにわかりやすく説明していきたいと思います。

尚本ブログは様々な民族と政治の対立が巻き起こした地域紛争を言及の対象とはしていますが、政治的な動機には基づかず、あくまで純粋にユーゴスラヴィア内戦の軍装についての学習を目的とします。



■目次

前文

1.VRSの軍服

2.M89オークリーフ迷彩

3.セルビアタイガー/リザード迷彩

4.USウッドランド迷彩

5.MOL「枝」迷彩

6.セルビアDPM迷彩

7.ブタン迷彩

8.M58「山岳」迷彩

9.ユーゴスラヴィア人民軍各種軍服

10.パルカと冬服

11.VRSの個人装備

12.VRSの個人携行火器

奥付

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


JNA


1.VRSの軍服

ボスニア・ヘルツェゴヴィナのセルビア人勢力、すなわちスルプスカ共和国(VRS = Vojska Republike Srpske)の軍装品の多くは、もともと1992年ユーゴスラヴィア人民軍が撤退する際、スルプスカ共和国軍が残置していったものを細々とした家内制手工業で、あるいは本格的な縫製工場で小改造を施したものです。



勿論、彼らの身に付けていた軍装品が全て社会主義時代のユーゴに由来するものだったわけではありません。例えばクニンなどで製造されたソ連製TTsKO迷彩(※=ブタン迷彩)のコピー品やアサルトベスト、戦闘ツナギ、ジャケットなどはユーゴスラヴィアにおけるそれまでの軍装品の歴史とは殆ど関わりのない、内戦の所産といえるでしょう。

(二)に続きます。






Balkan Wars Living History Group著
セルビやん編訳


■ちなみに

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Posted by セルビやん at 17:03Comments(0)スルプスカ共和国被服

2015年04月26日

ギリシャ義勇親衛隊(一) ~ギリシャ政府とユーゴ内戦~

1994年当時、ギリシャはセルビアの立場を支持しボスニア・ヘルツェゴヴィナにおけるスルプスカ共和国軍前進基地に対するNATO軍の空爆に一貫して反対した唯一の欧州連合加盟国であった。

94年のはじめ、ギリシャは欧州議会でNATOのボスニア空爆に反対票を投じた。
またイオニア海に位置するプレゼヴァNATO空軍基地使用を認めず、国際連合保護軍へのギリシャ軍参加を拒否した。




アムステルダム大学のC. ウィべス教授によればギリシャの諜報機関ギリシャ国家情報庁(EYP)は1990年代半ばボスニアにおけるNATOの作戦を組織的にボイコットするばかりか、スルプスカ共和国軍への支援を行っていたという。


ウィべス教授はオランダ政府のために作成した報告書「ボスニアにおける諜報活動及び戦争 1992-1995」でEYPがNATOの作戦計画に関わる機密情報(連合軍情報部がどのような情報をどの程度入手したか)をスルプスカ共和国指導部、特にラトコ・ムラディッチ将軍本人に繰り返し漏洩したと主張する。また、そのため95年夏NATO加盟諸国はギリシャ当局と作戦計画の共有を停止したとしている。



(二)に続く


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【ヤフオク!】ギリシャ軍リザードカモ

  

Posted by セルビやん at 15:23Comments(0)セルビア側

2015年01月15日

スルプスカ共和国軍部隊名一覧(一)第1クライナ軍団



ユーゴ紛争関連の軍装趣味を楽しむに当たって、最低限知っておきたい事とは何でしょうか。
映画を観ても小説を読んでも、センセーショナルな戦争犯罪のことばかり強調され、何も見えてはきません(※無視できない重要な側面では無論ありますが)。戦争が醜いものであることは第二次世界大戦でもヴェトナム戦争でも変わりませんが、ことユーゴ紛争に関しては基本的な軍事知識を無視したかたちで倫理的な側面ばかりが強調されているきらいがあります。

日本語のウィキペディアでも、なぜか風変わりな民兵部隊など瑣末な部分ばかり指揮官名も含めて書かれている一方、その他の部隊については殆ど何も判らない内容です。
関連の日本語書籍を読んだところで、クロアチア側の義勇兵として戦った高部正樹先生の著作を除けば、矢張りミリオタが趣味として楽しむのに必要な日本語情報を得られる手段は皆無に等しい状態です。

他の軍装趣味と同様ユーゴ紛争についても、いちミリオタとしてミリオタが必要とする情報を獲得したいと思いつつ今まで未着手でおりました。
その学習の嚆矢として、まずはスルプスカ共和国軍の基礎的な編成に手をつけようと思い、ひとまず簡単に部隊名のみ羅列してみます。

ウィキの引用ですから資料的価値はないです、念の為。
日本語のウィキよりは詳細かな、という程度です。
内戦時93〜95年のデータを元にしており、ある時点での編成を忠実に再現したものではありません。
統廃合された部隊、未編成の部隊も含めて列記してあります。

各部隊の詳細な戦力や部隊史については、興味を持たれた方が個別に調べて頂けたらと思います。
私もテキトーにやる気の湧いた順に調べて参ります。






■スルプスカ共和国軍参謀本部

■スルプスカ共和国地上軍(92~95総兵力8万人前後)

 【 軍団 】

-第1クライナ軍団
-第2クライナ軍団
-第3軍団
-東ボスニア軍団
-サラエヴォ-ロマニヤ軍団
-ドリナ軍団
-ヘルツェゴヴィナ軍団

■スルプスカ共和国空軍及び防空軍(92~95総兵力4000人前後)
 



それでは、以下第1クライナ軍団から。


----------------------------------------------------------------------------------------------------------



第1クライナ軍団
     述べ参加人数12万人(兵力5万1千~6万人)/戦死者6.5千~7千人/戦傷者27千人
     機甲戦力 戦車180輛 装甲車150輛(※編成当初)
   
【 旅団 】

-第16クライナ自動車化旅団
-第1装甲化旅団
-第2装甲化旅団
-第27デルヴェント自動車化旅団
-第43プリイェドル自動車化旅団
-第30軽歩兵師団
-第10クライシュカ歩兵師団(92年後半解散)
-第31ブルチコ強襲旅団

【 軽歩兵旅団 】

-第1バニャ・ルカ軽歩兵旅団
-第2バニャ・ルカ軽歩兵旅団
-第3バニャ・ルカ軽歩兵旅団
-第5バニャ・ルカ軽歩兵旅団
-第1トレバヴチカ軽歩兵旅団
-第1オズレン軽歩兵旅団
-第2オズレン軽歩兵旅団
-第1ヴチャク軽歩兵旅団
-第1グラディシュカ軽歩兵旅団
-第1ドボイ軽歩兵旅団
-第1クネジェヴォ軽歩兵旅団
-第1コトル・ヴァロシュ軽歩兵旅団
-第1クルニン軽歩兵旅団
-第1ラクタシ軽歩兵旅団(戦闘による損耗大により第2クライナ軽歩兵旅団に統合)
-第1ノヴィ・グラード軽歩兵旅団
-第1オジン軽歩兵旅団(93~94年活動後解散、第27デルヴェント自動車化旅団に統合)
-第1プルニャヴォル軽歩兵旅団
-第1テスリッチ軽歩兵旅団
-第1トレビシュカ軽歩兵旅団
-第1スルバツ軽歩兵旅団
-第1シポヴォ軽歩兵旅団
-第1チェリナツ軽歩兵旅団
-第1ポドグルメツ軽歩兵旅団(計画のみ、編成されず)
-第2テスリッチ軽歩兵旅団(第1テスリッチ軽歩兵旅団に統合)
-第2クライナ軽歩兵旅団
-第5コザラ軽歩兵旅団
-第6サンスカ軽歩兵旅団
-第22軽歩兵旅団
-第11ドゥビツァ軽歩兵旅団
-第11ムルコニチ軽歩兵旅団
-第19ドニ・ヴァクフ軽歩兵旅団

【 砲兵部隊 】

-第1~第9混成砲兵連隊
-第1混成対戦車砲兵連隊
-第1軽砲兵連隊(※防空部隊)

【 後方部隊及び二線級部隊 】

-第1~第9工兵連隊
-第1架橋大隊
-第1~第9通信大隊
-第1~第9憲兵大隊
-第1自動車大隊
-第1衛生大隊
-メシャ・セリモヴィッチ第1独立ムスリム大隊(第27自動車化旅団に統合)
-マニャチャ教化隊
-第36独立戦車大隊(※クライナ軍から転入した戦車部隊)
-第30通信大隊
-”ヴチャクの狼”強襲大隊(※開戦時は第27自動車化旅団の一部だった)

【 戦術作戦集団 】

-戦術集団1
-戦術集団2
-戦術集団3
-戦術集団4
-戦術集団5
-ヴラシッチ作戦集団
-ドボイ作戦集団(※=第9作戦集団)
-プリイェドル作戦集団
-バニャ・ルカ軽旅団群

----------------------------------------------------------------------------------------------------------



筆者の語学力不足により、部隊名等一部翻訳には間違いが含まれている可能性もあります。
もしお気付きの点がございましたら、忌憚なくコメントをお寄せ下さいますようお願い申し上げます。

なお当ブログでは軍装趣味のみを純粋に楽しむため、戦争犯罪等に関する政治的なコメントはお控え願います。
これはひとり日本人ミリオタの自己満足のためのローカルルールではなく、旧ユーゴ諸国含む各国のミリタリーマニアが集うサイトでも一般的なルールですので、お知り置き頂けましたら幸いです(※したがって「勝手ながら」とは前置きしません)。
当ブログもこの基準を準用して運営して参る所存です。

ミリブロではミリブロらしく、大上段の政治談義はさておきスルプスカ共和国軍の実際について少しずつ調べてゆきたいと思います。
(二)に続きます。



■ちなみに

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Posted by セルビやん at 18:59Comments(0)スルプスカ共和国

2015年01月13日

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦軍歩兵装備一覧




紛争終結のわずか4年後に発行された、1999年度「新兵のための手引」よりボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦陸軍新兵(レグルト)が入隊時に支給される需品一覧を抜粋・翻訳しました。


(※ちなみにこの袖章は、当マニュアルが書かれたのと同時期、内戦終結後(=VH BiH ボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦軍時代)の総軍章です。ボスニア内戦(=ARBiH ボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国軍時代)リエナクトでうっかり使うと赤っ恥です)

■装備品リスト

1st 3ピース戦闘服 1組
2nd ベレー/野戦帽 各1点 
3rd 迷彩ベスト 1点 
4th シャツ 1点 
5th ODベルト 1点 
6th ハーネス及び背嚢 1点
7th 戦闘靴 1足  
8th サンダル1足 
9th 軍用靴下冬用 2組 
10th 軍用靴下夏用 2組 
11th 冬用下着2組 
12th 夏用下着2組  
13th 手袋1組 
14th サービスドレス 1組 
15th タオル 2点 
16th バラクラバ 1点 
17th 帽章1点
18th 袖章1点  
19th 飾緒 、肩章各1組 
20th 枕カバー 1枚 
21st シーツ2枚
22nd ファーストエイドキット1点 
23rd 野戦天幕1枚 
24th ヘルメット1点
25th 野戦円匙 1点
26th 水筒1点

■制式小銃(7.62mm弾薬使用部隊)
ザスタヴァM-70自動小銃/ザスタヴァM-72軽機
■制式機銃(同上)
ザスタヴァM84

■制式小銃(5.56mm弾薬使用部隊)
M16A1

■制式機銃
M60汎用機関銃

■その他制式機銃 7.92mmザスタヴァM53汎用機関銃

■制式対戦車火器M57無反動砲、RPG-7


もっと大きな支援火器や手榴弾の種類、各兵器のオプションや需品、重量等諸元についてはめんどくさいので省略しました。

悪しからず。


以上簡単ではありますが、戦場写真や動画を観察する際の参考にしたり、アイテム収集の筋道をつけるのには少しはお役立て頂けましたら幸いです。

尚明記してありませんが、需品は当然大半が旧ユーゴ製及びボスニア国産である一方、紛争中クリントン政権黙認の下行われた密輸武器・・・もとい諸外国からの心温まる人道支援物資も大いにご活用頂けるものと思います。

また実際には内戦終結後から今に至るまで、M16やザスタヴァM70だけではなくHK G3や56式自動歩槍等さまざまな銃器が使用されており、こちらについてはウィキペディア等ネット情報や画像掲示板をご参照頂いた方が手っ取り早いかと存じます。

此処ではあくまで教本という一次情報をのみ一部紹介させて頂きました。

■ちなみに

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2015年01月13日

我らがスルプスカ共和国



Hoce da je otmu, hoce da je ruse
Oni bih da nestane, hoce da je uguse
X2

奴め彼女を拐う気だ、襲う気なのだ 
奴らBiH(※)が逃げる、首を絞めようとしている!

I nedaj da nam uzmu nju, nasu zemlju voljenu
Ona je ko ikona, lijepa je ko slika
To je nasa Srpska Republika

奪られてなるか 我が愛する祖国
彼女はイコン、名画のように美しい
それが我らの スルプスカ共和国!


Ne dirajte u nju, ona vasa nije,
Srpska je za Srbina, nesto najmilije
X2

触るな!彼女はお前らのものじゃない
スルプスカはセルビア人、愛されし者のもの

I nedaj da nam uzmu nju, nasu zemlju voljenu
Ona je ko ikona, lijepa je ko slika
To je nasa Srpska Republika
X2

奪られてなるか 愛する祖国
彼女はイコン、名画のように美しい
それが我らの スルプスカ共和国!

Za nju su se borili, zivote su dali
Za Srpsku su ginuli veliki i mali
X2

彼女のために 彼らは戦い生命を捧げた
大人も子供も セルビアの民のため死んだ

I nedaj da nam uzmu nju, nasu zemlju voljenu
Ona je ko ikona, lijepa je ko slika
To je nasa Srpska Republika
X2

奪られてなるか 我らが祖国
彼女はイコン、名画のように美しい
それが我らの スルプスカ共和国!

(※)BiH = Bosna i Herzegovina ボスニア・ヘルツェゴヴィナ。
-----------------------------------------------------------
絵のように・・・二次元厨かな?国擬人化勢かな?()
誤訳とか、「この方が歌詞として美しい」など御意見ありましたら是非お寄せ下さい。

今年2015年は秋にボスニア紛争リエナクトもありますし、とても楽しみです。
3月15日に千葉某所でその前哨戦として、ユーゴ内戦軍装で集まっての貸切ゲームも開催されます。
御興味ありましたらお気軽にコメント下さい。  

Posted by セルビやん at 10:52Comments(0)スルプスカ共和国軍歌

2014年04月13日

ミリフォトで晒されてしまった件について

「ミリフォト」の略称で国内ミリオタの間でも有名な海外の巨大軍事画像掲示板「Militaryphotos.net」

そのスルプスカ共和国軍スレで(※一部流血あり 閲覧注意)

http://www.militaryphotos.net/forums/showthread.php?232897-Army-of-Republika-Srpska-1992-1995-READ-THE-FIRST-POST/page2

ああああああああ

http://zaslike.com/files/2e8936ikfv9dpy70ekqf.jpg

自分の画像を・・・発見してしまいました・・・(※撃たれて倒れてる方)

http://www.cosp.jp/photostock_book.aspx?id=564061

↑コスプレイヤーズアーカイブのフォトストックにUPした元画像

「昭和の写真ジェネレーター」を使って日付を入れたのが仇を為したか、本物と勘違いされてしまったようですw

いや・・・ないだろ・・・AIMSに東独スリングでスルプスカ軍とかさ・・・建物とかさ・・・色々考証ガバガバじゃん・・・・・・?  

Posted by セルビやん at 22:12Comments(0)スルプスカ共和国

2013年11月13日

スルプスカ軍装撮影会2013



6月に実施した山岳軍装撮影会のようすです。
1993-1994頃のスルプスカ共和国軍を想定。



































  

Posted by セルビやん at 13:54Comments(0)スルプスカ共和国